「憲法前文・九条の会」発足記念講演

わたなべ ひろし

作家の小田実さんは、「九条の会」発足記者会見で次のように述べている。

戦争が終わったときに国連が世界人権宣言を出しましたが、本当は世界平和宣言を出すべきだったんですが、そりゃ出せないですよね。だってみんな平和主義じゃないからです。日本国憲法というのは言ってみれば世界平和宣言なんですよ。日本国憲法に世界平和宣言としての価値が今出てきたんです。それを大いに使うべきなんです。今こそ日本がこの憲法を使わないと世界がダメになりますよ。

僕の日本国憲法というものに対するスタンスとして、小田さんのこの「世界平和宣言」という規定が最もしっくりくる。それは「普遍に開かれたテキスト」(道場親信)なのである。

改憲論などはその根拠として、占領軍の押し付け憲法だとか、限られた人間が極めて短期間で恣意的に作成したものだとかよく言われるが、僕に言わせればナンセンスである。僕は押し付けられたものであるどころか、この憲法(の精神)は、押し付けた相手とされる当の占領国=米国の行動さえも規定するものであると考えている。なにしろ世界平和宣言なんだから。

この憲法を、人類が得た世界平和宣言だと認識し、そう観念する人間にとっては、世界中の誰に対してであろうと憲法は開かれているのであるし、また規定力があるのだ。そしてそれは、日本国憲法に限らず、米国の独立宣言も、フランスの人権宣言も、国連の世界人権宣言も全く同じことなのである。

戦後、なぜ侵略国であった日本が、人類が営々として築いてきた「平和的価値」の結晶である日本国憲法を持つことになったのか。その理由は無数にあるのだろう。しかしそれは、誤解を承知で言えば、本質的な問題では無いのではないだろうか。

あえて言うならば、天の配剤か、神の意志か。そういうことなのではないか。僕はこのような憲法を持った日本の戦後というものを、人類の平和史というような観点(大きすぎるかな?ええい構うものか。なにしろ世界平和宣言なんだから)から、次のように認識している。

それは隣国を軍事力によって侵略したかつての帝国主義国家が、自業自得の大惨敗の結果、人類史上最も平和主義的な憲法とその憲法が持っている理念を手にし、この理念を内実の伴ったものとすべく、その人類史的役割を一生懸命果たしていくというものである。そしてこのような役割は、かつての侵略国家である僕の母国、日本にこそまさにふさわしいと思うのである。こんなカッコイイ役回り、世界中捜しても出来るのは日本かドイツぐらいだろう。

そしてその役割を少しでも果たそうと、無数の意志や努力が戦後60年展開されてきた。

世の改憲論議では、第九条が争点となっている。もちろん「戦争の放棄」などということを、国家の最高法規である憲法に明文化した第九条の意義は極めて大きい。だって「戦争が出来る」ということは、まさに国家にとってのレーゾンデートルだと考えられていたんだから。

しかし僕は、第九条というものは、憲法の前文とあくまで一対のものだと考えている。世界平和宣言として憲法を読んだ場合、内容から言っても、格調から言っても、前文はまさにそれにふさわしい。僕は第九条も大切だともちろん思うが、前文がとりわけ好きだ。だからイラク派兵に際し、その愚行の正当化のために、あろうことか憲法前文をその根拠として読み上げた小泉首相の行為などは、僕にとってまさに噴飯ものであった。

だいたい僕たち最近の日本人は、「日本国」憲法なんだから日本国民が好き勝手に扱ってよいだろうと、自分勝手な国内的文脈でもって、この憲法のことを考えすぎているのではないだろうか。

最近、中江兆民(1847−1901年)が次のようなことを言っているのを知った

民権是れ至理也、自由平等是れ大義也、此等理義に反する者はついに之れが罰を受けざる能はず、百の帝国主義有りといえども此理義を滅没することは終に得べからず、帝王尊しといえども、此理義を敬重してここに以てその尊を保つを得べし

この言葉は、日本近現代史・思想史家である鹿野政直さんの著書から教えてもらったものである。そして鹿野さんはこの兆民の言葉をこう意訳している。

彼(兆民)は、民権や自由平等が、究極には実現する普遍的な原理との確信を表明したのち、その原理のまえには、世界にはびこる『帝国主義』も、不動とみえる『帝王』も、相対的な存在にすぎないとの展望を持った。

「民権や自由平等の原理のまえには、『帝国主義』も『帝王』も相対的な存在にすぎない」っていうのが良いよねぇ〜。そして民権や自由平等の原理に連なるものとして、この憲法もあるのだ。だから単なる目先の国内的理屈だけで改憲などしようものなら、兆民が言うように「ついに之れが罰を受けざる能はず」となるものと、僕は確信している。

(なおこの文章は、最近出た『九条どうでしょう』という本に触発されて書きました。)