小沢一郎と日本の政治文化

わたなべ ひろし

以前当コラムにおいて木村英亮さんが、有権者というものは選挙を通して割り合い的確な判断をするものだ、というようなことを書いていた。

昨夏の解散総選挙など、その小泉自民党のあまりの大勝に目を奪われがちだったが、ガセネタメール騒動を巡る一連の出来事や、そこに登場する党首を始めとする民主党の議員たちのあまりにも拙劣な言動などをみていると、あの選挙は有権者が小泉政権を圧倒的に支持したということなのではなくて、民主党政権を忌避した結果、有権者がこぞって自民党に投票したと考えた方がその実相に近いような気がしてくる。解散直前の予想通り民主党が勢いに乗って大勝し、今ごろ永田某や前原某などが政権をとっていたらと考えると心底ぞっとする。

やはり有権者は選挙によって割り合い的確な判断を下したということなのであろうか。その民主党、この度小沢一郎さんが党代表に選出された。

久しぶりにテレビに出ずっぱりの小沢さんをみた。

それにしてもこの人、自民党をおん出て(追い出されて?)この十数年間、本っとに言っていることが変わらないよねぇ。国際的責任(って言うか自衛隊の海外派兵)、政治家の強いリーダーシップ、個人の自立(っていうか「自己責任」)、普通の国(っていうか憲法改正)、そして二大政党制礼賛と、これらのボキャブラリーをいろいろ組み合わせながら、でも言っていることは結局ワンパターン。

しかしなんだかんだ言ってもずっと政治の表舞台から消えることはなかったし、なにかあると「小沢待望論」みたいなものが不思議と出てきて、とうとう今回は野党第一党の党首になってしまった。

この「小沢一郎」を存続させている力っていったい何なんだろう?

小沢さんは1993年に『国家改造計画』という著書を出している。そしてこの本の時代的役割は、ある意味で画期的なものであったと思う。

1980年代後半以降、日本をめぐる国内環境と国際環境の変化は真に大きなものであった。国際環境の変化とは、1991年のソ連邦解体によるいわゆる共産圏の消滅と、その結果「自動的」な日本の国際的地位の上昇である。国内環境の変化とは、「ジャパン アズ №1」と言われたような「高度に発達した資本主義社会」「後期資本主義社会」に日本社会がまがりなりにも至ったということであり、それに伴い「個人主義的に成熟した人々」を政治家は相手にしなければならなくなったということである。

そしてこれらの変化に対応すべく保守の側からの新しいトータルなビジョンの提示、それが小沢さんの『国家改造計画』であった。これに対して革新の側は、トータルなビジョンということでは、対案を提示することが出来なかった。

小沢さんはこの本で提出したビジョンのおかげで、いまだに政治家として食べていけているのである。小泉首相の「構造改革」など、このビジョンの焼き直しに過ぎない。きっと小沢さん自身、1990年代以降の日本が進むべき筋道を示したのは自分だという自負があるに違いない。

ところで党代表に決った日の夜、テレビのインタビューに答えて小沢さんは、「政党は政権与党にならなければ意味は無い。万年野党でも良いなどと考えているような人間は民主党から去ってもらいたい」というようなことを言っていた。

この言葉に端的に表れているように、小沢さんの「二大政党論」などというものは、せんじ詰めれば「政党などというものは政権与党にならなければ意味が無い」という、非常に狭隘な政治哲学に支えられたものに過ぎないのである。

この小沢「二大政党論」が撒き散らした、日本社会における「政治文化」上の害悪は計り知れないものがあると僕は考えている。それは議会制民主主義における「野党」的存在の否定、あるいは少数意見の軽視(無視)ということだ。彼にとって「野党」などという存在は、政権を獲る気概の無い万年野党か、政権につきたいくせに実力の伴わない負け犬ぐらいにしか認知されていないのであろう。

小沢さんの「二大政党制」とは、「マジョリティの利益の代弁者としての与党の座をめぐる争い」というものに、日本の政党政治を矮小化したのである。

このような性向は、もともと日本の政治文化において非常に強いものではあった。しかし小沢さん以降、本来政策実現のための手段であるべき「政権獲得」というものが、それ自身目的となってしまった。そしてこの目的を完遂することを前提として、政党や政治家たちがその行動をとるようになる。その結果、日本の政党政治は、野党各党による自民党との連立政権獲得競争へと、雪崩をうって堕落していく。

「万年野党に存在意義は無い」という言葉に押しやられるように社会党は自民党と連立政権を組み、その歴史的役割を終える。その後、今度は公明党が「念願」の自民党との連立を組み、「平和と福祉の党」という役割を急激に方向転換し、政権与党であることが第一目的の政党へと変わり果てることになる。

きっと小沢民主党は小泉さんと競うようにして、改憲・日米安保重視・新自由主義路線を推し進めていくことになるのだろう。

野党第一党である民主党が本当に問題とすべきなのは、与党にならなければ何も出来ないというような日本の政治システムそのものを、まさに「野党第一党」の責任として解体していくことである。