1999年モスクワ連続爆弾テロ事件

宮川 真一

6月25日、またもやチェチェンがらみのおぞましいニュースが世界を駆け巡った。この戦闘の発端は7年前にさかのぼる。1999年8月末から9月中旬にかけて、モスクワのアパートを中心にロシア各地で連続爆破テロ事件が発生し、およそ300人が犠牲となった。ロシア側はこれをチェチェンの仕業と断定し、政府、メディア、ロシア正教会、知識人らが、揃ってチェチェン攻撃を主張した。これらの事件はロシア一般の人たちにも大きなショックを与え、この「戦争」を支持する世論が形成された。9月18日、ロシア軍がチェチェンに空爆を開始し、「第二次チェチェン戦争」に突入した。しかしながら9月22日、リャザンで大量爆発物を警察官が発見した。これは連邦保安局の職員が仕掛けたものであった。数々の事件現場も数日後にはブルドーザーで更地にされてしまっている。

今回の戦争は「プーチン現首相が世論調査で順位を上げるために必要とされている」と故サハロフ博士夫人は証言する。有力紙「独立新聞」編集長トレチャコフは、チェチェン武装勢力のダゲスタン侵攻は「ロシア秘密機関の作戦で、しかも上層部で承認されたもの」と断定する。戦略センター所長ピオントコフスキーは「爆弾事件で警察は明確な証拠を出していない。この事件はチェチェン戦争で政治的に利用された。この事件で戦争に対する世論が大きく変わった。第一次戦争には世論の70%が反対したが、今回の戦争では違った。プーチンが大統領になったのも、この爆弾事件が利用された証拠だ」と語る。爆弾テロ事件の真犯人は今なお捕まっておらず、容疑者たちはチェチェン人ではなく、チェチェンで訓練を受けた外部の人間だったことも明らかになっている。人権活動家セルゲイ・コバリョフ下院議員は欧州評議会議員総会で、「北カフカスにおける主犯はロシア政府と軍首脳部である」と断じた。

チェチェンNGO「チェチェン母親協会」代表マディナ・マゴマードワが2000年2月に来日し、チェチェンの現状を訴えた。ロシア当局はチェチェン共和国における取材や援助団体の活動をコントロールしており、世界に発信される情報はほとんどがロシア寄りのものとなっている。マゴマードワの発言はチェチェン内部からの貴重な証言となった。「今や、チェチェンという国全体が、スターリン時代のように巨大なラーゲリ(強制収容所)と化してしまいました。私たちには、身を守る術がまったくないのです。」「前回の戦争で、100万人強の住民のうち約12万人が死にました。300年以上前、チェチェン人は400万人もいましたが、今は100万人もいません。過去400年間、30年から50年ごとにロシア人によって大量虐殺されているからです。あたかも100万人を超えないように人口を調節しているかのようです。前回の戦争で約300の集落のうち250が破壊され、5つある市は、70%が破壊されました。教育機関の約80%が壊され、停戦中も全く復興できず、今回の戦争が始まったのです。電気、水道、ガスなどライフラインは破壊され、生活が成り立ちません。ロシア軍の妨害によって深刻な食糧不足に陥っています。」「前回の戦争中、私の弟と同じようにチェチェン市民約1万8000人がフィルター・ラーゲリと呼ばれる強制収容所に連行され、多くの人が拷問で死にました。釈放されない行方不明者は未だに1583人もいます。ロシア軍は、今回の戦争でも同じことを始めています。村の中に入り、金目のものを略奪し、抵抗すると射殺するか連行していきます。」

「人権のための医師団」はイングーシで実施した無作為調査の結果を2000年2月 に発表した。その結果、ロシア軍のチェチェン民間人に対する処刑・違法な拘留・拷問など、広範囲で組織的な虐待行為が明らかになっている。回答者326人の44%がロシア連邦軍による民間人の殺害現場を目撃し、そのうち8%は家族が被害者だった。また、4%の人から、家族がロシア軍による拷問を受けたという報告があった。チェチェンを逃れイングーシに入った理由は、71%がロシア軍の砲爆撃を避けるためで、25%がロシア軍から危害を加えられるのではないかとの恐怖からだという。調査および詳しい証言により、病院、医師および患者に対して攻撃が加えられたとの証拠も提示されている。ハッサン・バイエフ博士と看護婦は、120人の患者が病院から連れ去られ、ロシア軍によって拘留されたと話す。博士は患者7人とチェチェン兵士6人、70歳のロシア人女性の遺体を見たと証言。全員がロシア軍により病院のベッドで射殺されたのだった。

※ハッサン・バイエフ(天野隆司訳)『誓い チェチェンの戦火を生きたひとりの医師の物語』アスペクト、2004年。近年日本で出版されたチェチェン関連本の中でも秀逸。チェチェン人から見た「チェチェン戦争」、バイエフの数奇な人生に、言葉を失います。