市場・国家・社会

わたなべ ひろし

ここ数年、「仕事」に関する本が増えてきているように思う。しかしそれはいままでよくあった「ビジネス書」の類ではない。大学の先生や公的研究機関の研究員などが、統計データやアンケート調査を駆使し、「社会学的」に分析しているのが最近増えている「仕事本」の特徴である。

考えてみれば、近年話題になっているフリーターやニートの問題、失業率の問題、所得格差拡大の問題、3万人以上にのぼる自殺者数の高止まりの問題、これら全てが「仕事」や「働く」ということと深く関連している。

1980年頃からか、日本社会を語るキーワードとして、「消費」が重視されてきた。しかしそれが10年以上にわたる長期構造不況やグローバリゼーションの受容の結果、再び「仕事」や「働く」ということが、日本社会を語る論点の中心になってきたということなのであろうか。

政府の「再チャレンジ推進会議」が、中間とりまとめを発表した。議長は、あの安倍晋三官房長官である。

この報告書を読むと、「人生の複線化」、つまり「再チャレンジを可能とする柔軟で多様な仕組みの構築」をその目的とするとのことで、具体的には中途採用の拡大、正規・非正規労働者間の均衡処遇、社会人の「学び直し」の推進、農林漁業の就業支援、リストラ退職者や定年後の再就労、病気になった人や障害者の就労支援、自殺予防、事業失敗者・多重債務者・罪を犯した人・育児等で退職した女性の再チャレンジ支援、子供・生活保護世帯・母子家庭へのチャレンジ支援などといった言葉が並んでいる。フー

これだけ揃えればモンクはあるまい!という感じの文書である。なんでも安倍さんを支持する議員たちが「再チャレンジ推進議員連盟」というものを結成しているとのこと。

この「中間とりまとめ」について、僕がよくのぞくブログに次のように書いてあった。

「2002年のホームレス自立支援法、2006年の障害者自立支援法・自立支援医療に続いて、フリーターを組み込む自立支援法が始まろうとしている、と考えられる。生活保護の自立支援プログラム化の流れもあった。『自立支援』は社会保障分野の鍵となる言葉だ。社会全般を覆いつくしつつある。」

「自己責任」の次は「自立支援」かあ。しかもこのふたつは連動しているようで、要は「自己責任」をちゃんと果たせるように、まずは各自に自立していただく必要があり、そのための支援を国がしますよということなのである。

国民全員が市場にとって有用な存在、つまり「賭場」である市場に参加できる「掛け金」を持った存在として自立できるように、フリーターやニートはもちろん、クビや倒産した人から生活保護家庭、障害者にいたるまで、残らずガンバッテ「再チャレンジ」していただこうというのがそのココロか。結局は「市場」ガラミの話。

つまりここでいうところの「人生の複線化」、「再チャレンジの推進」とは、市場のニーズに合わせて、国家が社会に介入し管理するためのルートを作成するということなのである。

仕事や働くという行為は、「生活の糧」や「生き甲斐」を得る手段といった個人レベルのことばかりでなく、「相互関係」や「協働」や「参加」といった、社会を成立させる上で重要な他者との関係性を形成する場、契機でもある。

しかし、例えば政府の「再チャレンジ推進会議」の中間とりまとめなどを読むと、「生活の糧」や「生き甲斐」を得る手段としての「仕事」や「働くこと」の面、個人レベルの面を強調することで、全体として市場的な方向に話しを持っていこうとしているのが分る。例えば「全ての人間は自分の可能性を持っているのであり、それをムダにしてはいけない」とか、「あなたにはあなたにしか出来ない仕事がある」とか、「国民一人ひとりが自立して生きていける強さを身につけていきましょう」とか言って。でもこんなご時世、こういうのって訴求力があるんだよねェ。

しかしこれでは「社会」の領域、役割は小さくなっていくばかりである。

市場や国家ではなく、「社会」を媒介とした、つまり「相互関係」や「協働」や「参加」を媒介とした「自立」ということを、僕たちはもっと考える必要があるのではないだろうか。