預言者と啓典 – ムハンマドの生涯とイスラームの成立 (1)

岩木 秀樹

日本語の預言者とは、ユダヤ・キリスト教に由来するヘブライ語(nabi´)の翻訳語であり、旧約聖書に描かれた「神の託宣を語る者」すなわち「ヤハウェの代弁者」たちを指す。ユダヤ・キリスト教と同じ伝統を共有するイスラームにおいても「預言者(nabiy)」の語の基本的意味は同じである。預言者の中でも特に固有の啓典を授かり、その宣教を命じられた者が使徒と呼ばれる。アラーが遣わした預言者の数は12万4千人、使徒の数は313人とも言われている。またコーランに出てくる預言者は25名であり、その中でも重要な6人は遣わされた順に、アダム(アーダム)、ノア(ヌーフ)、アブラハム(イブラヒーム)、モーセ(ムーサー)、イエス(イーサー)、ムハンマドである。彼ら預言者たちは、未来のことを予測する予言者ではなく、アラーの啓示を預かり、他の人々に伝えるのが役目である。そのような意味で重責を担ってはいるが、他の人間と何ら変わりはなくイスラームでは預言者たちの神性は一切認めていない。したがって、かつてイスラームに対して名付けられていた「マホメット教」なる名称は、キリストに神性を認めるキリスト教徒による誤った自己認識の投影であった。

アラーの啓示をまとめた啓典はコーランだけではなく、最初の預言者アダム以降、数々の預言者に様々な形で啓示を授けた。例えば、モーセに与えられた律法の書(旧約聖書のなかの巻頭の5書)、ダヴィデ(ダーウード)に与えられた詩篇(旧約聖書のなかの一書)、イエスに与えられた福音書(新約聖書のなかのイエスの生涯と言行の記録)などがそれである。イスラームではこのようにコーランとともに旧約聖書や新約聖書の一部が啓典とされている。その中でも人の手が入ってない純粋なアラーの言葉を集めた啓典コーランと最後の預言者であるムハンマドのスンナ(言行)に従うムスリムだけがアラーの真の信徒とみなされている。(中田 2001:163-164、清水 2003:16-20)