歴史から何を学び、現実にどう対応すべきか ―ブッシュ演説再論―

中西 治

過去の歴史を変えることはできないが、歴史の未来は私たちの手の中にある。

過去の歴史をどのように見るのか、そこからいかなる教訓を引き出して、いかなる未来を創りだすべきであろうか。

2005年5月7日のブッシュ米大統領の演説と関連して5月11日の『朝日新聞』の「天声人語」はヤルタ会談に先立って1944年10月9日にモスクワで行われたチャーチルとスターリンの会談を取り上げ、この席でチャーチルがスターリンにバルカンでの勢力圏の分割について提案をしていることを紹介している。

私の手元にはW.S.C.という印のついたウインストン・S・チャーチルの個人用箋にチャーチルが書き、スターリンが大きくチェック印をつけた一枚の文書のコピーがある。そこには次のことが記されている。

ルーマニア    ロシア 90%  その他 10%
ギリシャ     グレート・ブリテン 米国とともに 90%
その他、と書き、それに線を引いて、 ロシア 10%
ユーゴスラヴィア 50/50%
ハンガリー    50/50%
ブルガリア    ロシア 75%  その他 25%

この文書についてはチャーチルがその場で書いたというチャーチル自身が回顧録で主張している説とチャーチルがあらかじめ用意してきたとする説がある。この会談に立ち会ったスターリンの通訳ベレシュコフは1982年と1987年にロシア語で出版した彼の書『外交史のページ』ではその場で書いたとするチャーチルの説をとっていたが、1994年に英語で出版した書『At Stalin’s Side (邦訳、私は、スターリンの通訳だった)』ではあらかじめ用意してきたとの説に変わっている。

ベレシュコフの後者の書によると、この文書はチャーチルが「つまらないものですが、私はこれに、ロンドンの特定の人間の考えをを示す紙切れを持参しています。」と言ってスターリンに手渡している。

2003年にロシアで発表されたロシア語の会談記録によると、チャーチルはあらかじめ用意してきたこの文書をスターリンに手渡すにあたり、影響力の配分を示した「かなり汚い乱暴な文書」と呼んでおり、「アメリカ人はこの文書に驚くであろう」と述べている。

スターリンにとってチャーチルのこの提案は予期しないものではなかった。この提案の要はギリシャ問題であり、すでにソヴェト軍が入っていたルーマニアについてはロシアの影響力を認めるからギリシャには手を出すなということであった。スターリンはこれまたすでにソヴェト軍が入っていたブルガリアで英国に25%が割り当てられているのは他の数字と釣り合わないと述べ、ブルガリアについてもソヴェトに90%、英国に10%とするように訂正を求めた。

チャーチルとスターリンの話し合いの結果は米英ソ3国の一致した政策にはならなかった。チャーチルが予想したように、この会談にオブザーバーとして参加していた米国のハリマン駐ソ大使がこの取り決めに異議を唱えた。

チャーチルとスターリンは翌10月10日にローズヴェルトに連名で送った電報でハンガリーとトルコを含むバルカン諸国に対する政策をどのようにしてもっともよく一致させるのかの問題を検討しなければならないと伝えるにとどまった。

チャーチルの意思表明とスターリンの対応はまったく意味がなかったわけではない。スターリンはギリシャに対する英国の強い関心を理解し、後にギリシャで革命運動が進展したときにこれを押さえた。他方、英国もブルガリアに対するソヴェトの強い関心を理解し、この問題でソヴェトに譲歩した。

このような勢力圏分割的な考え方は珍しいことではなかった。ミュンヘン協定も独ソ不可侵条約もそのような考えにもとづいていた。1940年9月27日に日独伊3国軍事同盟が締結された直後の11月12日から14日までベルリンを訪問したモロトフとヒトラーとのあいだでもソヴェトが3国同盟に加入した場合の世界の分割計画が話題となっていた。

ソヴェトはドイツと英国の両方から勢力圏分割の話を聞かされていた。社会主義を標榜するソヴェトはこのような帝国主義的な勢力圏分割に反対していた。その場合にどうするのか。結局、ソヴェトも権力政治のもとでドイツや英国と同じような立場に立ったのである。

このことを批判することはやさしい。

この事実をなかったことにすることはできない。

私たち歴史家の仕事はなぜソヴェトがこのような選択をしなければならなかったのかを明らかにし、同じ道を歩まないためにはどのようにすべきであるのかを考えることである。

1930年代から1940年代にかけての歴史の教訓は他の地域に出て行き、その土地を自分のものにしようとするのではなく、その地に住む人々の意志を大切にしなければならないということである。

紛争問題は戦争によってではなく、平和的に解決しなければならないということである。そうでなかったために人類は大きな犠牲を払ったのである。

ブッシュ大統領がこの時期の歴史から教訓を引き出し、大国が小国の意志を無視し、大国間でその運命をもてあそんだことを批判するのであるならば、ブッシュ大統領はただちに現在のアフガニスタンとイラクでの戦争を止め、これらの地域の人々にその地を返すべきである。

それとも大国間で小国をもてあそぶのは良くないが、米国、一国でだけなら良いということなのであろうか。