万有引力・電磁気力〈宇宙の誕生と哲学・物理学の発展〉

中西 治

万有引力

ガリレイが亡くなった年に生まれたのが英国の物理学者・天文学者ニュートン (1642-1727年) です。彼は「リンゴが木から落ちるのを見て重力を発見した」といわれていますが、大栗博司は『重力とは何か』で「そうではありません。もっと古くから、人間は物体が地面に落ちる現象を不思議に感じ、その理由を考えてきました。」と次のように書いています。
  
古代ギリシャの哲学者アリストテレスは、物質そのものに「本来の場所に戻る性質」があると考えていました。また、当時、物質には火、水、土、空気の四元素があり、土の成分の多い物体ほど地球の中心に戻ろうとして速く落ちるとされていました。ヨーロッパではこの考えが中世まで続いていました。しかし、この考えでは太陽、月、星などの天体の動きは説明できません。そこで天界は火、水、土、空気ではない「第五の元素」からできており、地上とは異なる法則によって支配される別世界だと考えていました。

ニュートンはこの考え方を根底から覆しました。彼は「物体」の運動を変えるものは「力」であると考えました。力が作用しなければ。手から離れた石は空中に浮かんでいるはずですが、それが地面に向かって動くのは、地球からの引力という「力」によって石の運動が変化するからなのです。この引力は「万有」です。木から落ちるリンゴも地球を引っ張っているのです。さらに、天界の太陽や月や星もたがいに引力で引っ張り合い、運動しているのです。

ニュートンは石やリンゴが地面に落ちる地上の現象と月が地球のまわりを回る天界の現象とを同じ一つの理論で説明し、これまで別世界と考えられてきた地上と天界とを初めて理論的に統一しました。

ニュートンは物理学を物体とそこに働く力による現象を記述する学問として確立し、近代的自然観を総合・完成しました。しかし、「力」がどうして生じるのかまでは説明しませんでした。

電磁気力

ニュートン力学とは別に、「電気」と「磁気」を同じ方程式で記述し、両者の力を統一して「電磁気力」とし、その働きを解明したのがマクスウェル (1831-1879年) です。この方程式から電場が磁場を誘起し、磁場が変化して電場が生まれるというように両者が絡み合って「電磁波」をつくることが明らかになりました。この電磁波を利用して20世紀初頭には大西洋を横断する電磁通信がおこなわれました。

この電磁波が光の速さで伝わったことから光が電磁波の一種であることがわかりました。

電波と光だけでなく、赤外線・可視光線・紫外線・X線・ガンマ線も電磁波です。

ここで困った問題が起こりました。

ニュートン力学では物体の速度は「足し算」(速度の合成則)で変わるのです。たとえば、時速40キロメートルの車の中から進行方向に時速20キロメートルでボールを投げると、道ばたで立って見ている人にはボールは自動車の時速40キロメートルとボールの時速20キロメートルを加えた時速60キロメートルで飛んでいるように見えます。

ところが、時速9億キロメートルの車の中から進行方向に懐中電灯で光を発射すると、ニュートン力学では光の時速(光速は秒速30万キロメートルなので、時速約11億キロメートルとなります)が加算されて9億キロメートル+11億キロメートル=20億キロメートルになります、しかし、マクスウェルの方程式では車の時速は加算されないので、光速の時速11億キロメートルだけとなります。

ニュートンとマクスウェルのどちらが正しいのでしょうか。

米国の物理学者マイケルソンとその協力者モーリーは地球が太陽の周りを秒速30キロメートルで公転していることを利用して光の速さが変化するかどうか実験しました。その結果、秒速30キロメートルという地球の速度は「足し算」されないことが分かり、マクスウェルが正しいことが明らかになりました。この実験をしたマイケルソンは1907年のノーベル物理学賞を受賞しました。

それでも問題は残りました。

ニュートンの理論は光速以外では正しいのですから、これをどのように評価すればよいのかです。これを解決したのはマクスウェルが亡くなった年に生まれたアインシュタインでした。アインシュタインは光速が変わらず、一定になるのならば、時間や空間の方が変わればよいと考えました。