古代ギリシャの哲学者は宇宙をどのように見ていたのか〈宇宙の誕生と哲学・物理学の発展〉

中西 治

2.古代ギリシャの哲学者は宇宙をどのように見ていたのか

人間は昔から天空を見ながら、この宇宙はいつでき、どこまで広がり、どのようになっているのであろうかと考えていたことでしょう。N. コールダ著、山口嘉夫他訳『宇宙を解く鍵』、京都大学文学部西洋史研究室編『改訂増補 西洋史辞典』、村山斉『宇宙は何でできているのか』によると、古代ギリシャの哲学者たちは宇宙をつぎのように見ていました。

ミレトス学派

西暦紀元前7世紀から6世紀にかけて小アジアのギリシャ人の植民地イオニアのミレトスにギリシャ最古の哲学者のグループ「ミレトス学派」が生まれました。彼らは万物の始源である物質を求めました。

始祖タレスの場合、それは「水」でした。その弟子アナクシマンドロスの場合は「無規定的なもの」でした。さらに、その弟子アナクシメデスの場合は「空気(アエル、実は霧のようなもの)」であり、これが稀化すれば火となり、濃化すれば水、さらに土になるとしました。

アナクシマンドロスは「無規定的なもの」から運動により万物が生成すると考え、大地は円筒形で宇宙の中心に静止すると考えました。

イオニア学派

この3人の「ミレトス学派」にエフェソスのヘラクレイトスを加えた4人を「イオニア学派」といいますが、この学派の特徴は「万物の根源を唯一の物質とし、自然法則によってそれから万物が生成する」と考えたところにありました。

ヘラクレイトスは「万物は流転する(宇宙の万物は流れており、つねに運動し、変化している)」という言葉で有名ですが、彼は火を基本的物質とし、火・空気・水・土は相互に絶えず入れかわっていると考えていました。彼は「水にとって土になることは死である」というように、生成を同時に消滅として把握していました。万物は対立するものの闘争である。そして、このような変動を支配する秩序があり、真の知はこの秩序を知ることにあると考えていました。

このような「万物は流転する」という完全な流動性の考えを否定し、完全な固定性の考えを主張したのが「エレア学派」です。

エレア学派

西暦紀元前6世紀末から5世紀にかけて南イタリアのエレアに生きた「エレア学派」の祖パルメニデスは「理性のみが真理の基準であり、在るものは在り、無いものは無い」と考え、虚空の存在を前提とする生滅や多の存在を否定し、存在者は永遠に不変の不可分的一体の球であると主張しました。

彼はこのような考えにもとづき、宇宙はいたるところ満たされていると宣言しました。宇宙の中に不均一さがあると、それはある場所が他の場所に比べてより空虚であることを意味するからです。宇宙はガラスの球のようなもので、完全に球形で一様であり、運動も変化も含まず、初めも終わりもないと考えていました。

レウキッポスとデモクリトスの原子論

西暦紀元前460年頃から370年頃にかけて生きたトラキアのアブデラの哲学者デモクリトスはその師レウキッポスの原子論を継承し、完成させました。彼は不変不滅の極微のアトモン (atomon=分割され得ぬもの) と虚空の存在を主張し、無限の虚空の中で無数のアトモンが運動して集合することによって物ができ、世界ができるのであり、アトモンはすべて同質であるが、形や大きさが異なり、配列が異なったりするので、多様な物体ができると説明しました。

この論は「完全な固定性」と「完全な流動性」をつなぐものでした。個々の原子は固定性と無限の持続性を持っていますが、莫大な数の原子は流動性を持っているのです。

また、これまでの哲学者は自分の知っているものを「物質の根源」と考えていましたが、デモクリトスは目に見えないものを想定しました。素粒子物理学者はしばしば未知の粒子の存在を予言しますが、この分野で最初の「予言者」はデモクリトスでした。