宇宙はどのようにして誕生したのか〈宇宙の誕生と哲学・物理学の発展〉

中西 治

宇宙はどのようにして誕生したのか

Newton別冊『大宇宙――完全版――』によると、宇宙は「無」から生まれたとされています。生まれた瞬間の宇宙は原子 (1ミリメートルの1000万分の1ほど) や原子核 (1ミリメートルの1兆分の1ほど) よりも小さかったといいます。

誕生直後、このミクロな宇宙が「10の36乗分の1秒(1秒の1兆分の1の、1兆分の1の、さらに1兆分の1)ほど」の間に「10の43乗倍(1兆の1兆倍の、1兆倍の、さらに1000万倍)」の大きさになったといわれています。これを「インフレーション」といいます。

このインフレーションのあとに物質(素粒子)と光が誕生し、自由に飛びかい、高温の世界になりました。この灼熱状態の宇宙の誕生が「ビッグバン」です。そのときの温度は1兆度以上あったと考えられています。

ここでは「ビッグバン」という用語は現代宇宙論の標準的な言葉の使い方として「インフレーション後におきた“灼熱状態の宇宙の誕生”」という意味で使われていますが、このインフレーションの時間は宇宙誕生後「1秒の1兆分の1の、1兆分の1の、さらに1兆分の1」というきわめて短い時間であり、実際には、宇宙の誕生と同時に、インフレーションと灼熱状態がおこっているといってよいでしょう。したがって、入門書などでは「ビッグバン」は「宇宙の誕生」をばくぜんと指す言葉として使われ、さらに、「ビッグバンによって宇宙が誕生した」とさえいわれています。私もそのようにも使っています。

「無からの宇宙の創生論」もまだ証明されたわけではなく、仮説にすぎません。宇宙の誕生についてはまだはっきりしたことはわかっていませんので、あまり断定的にいわない方がよいでしょう。これからも変わる可能性があります。

話しをもどして、宇宙誕生10000分の1秒後に大きな変化がおこりました。宇宙の膨張によって温度が約1兆度に下がってきました。すると、ばらばらに飛びかっていた素粒子 (クォーク) どうしが結びついて原子核の構成要素である陽子と中性子が誕生しました。水素の原子核は陽子一つなので、このとき、水素という元素 (元素記号はH、原子番号1) が生まれました。ただし、宇宙に水素原子 (陽子の周囲を電子がまわっている状態) が誕生するのにはもう少し時間が必要でした。

宇宙誕生3分後に宇宙の温度が10億度まで下がり、ようやく水素以外の元素も誕生し始めました。「核融合反応」(元素の合成) がおきはじめたのです。

「核融合反応」とは原子核 (陽子と中性子を含む) どうしが衝突・融合する反応のことです。ばらばらに飛びかっていた陽子や中性子が融合し、さらにそうしてできた原子核にほかの原子核が融合し、やや大きな原子核ができていきました。

ビッグバンから20分ほどたつと、あまりに高温になったので原子核と電子はばらばらに空間を飛びかい、核融合反応は終わってしまいます。核融合反応がおきるには、適度な高温と適度な密度が必要です。水素に加えてできた元素はヘリウム (He、原子番号2) とリチウム (Li、同3) くらいでした。このあと3億年程度の間、宇宙にはこれだけの元素しか存在しなかったのです。現在の宇宙にはウラン [U] までの92種類からウンウンクオクチウム [Uno] までの118種類の元素が存在するとの説があります。

宇宙誕生38万年後に宇宙がさらに膨張したことによって、宇宙の温度は3000度程度にまで下がりました。

温度が下がることは電子や原子核の飛びかう速度が遅くなることを意味します。電子は負の電気をおび、原子核は正の電気をおびています。そのために遅くなった電子は電気的な引力によって原子核に“つかまる”ようになります。こうして、電子は原子核の周囲をまわるようになりました。「原子」が誕生しました。

このとき、もう一つ重要なことがおきました。原子が誕生する前、光はまっすぐ進めませんでした。空間を自由に飛びかう電子とぶつかっていたためです。しかし、原子が誕生して空間を自由に飛びかう電子がなくなると、光がまっすぐに進めるようになりました。「宇宙の晴れ上がり」がおこりました。

ビッグバン理論の裏づけとなった宇宙背景放射はこの「宇宙の晴れ上がり」のさいに放たれたもので、およそ137億年後に米国の電波望遠鏡に飛び込みました。これにより宇宙は137億年前に誕生したことが確認されました。

以上が宇宙誕生の初期の状況です。このなかで「物質に質量を与えるヒッグス粒子」はいつ現れ、どのような役割を果たしたのでしょうか。