クリスチャン『時間の地図』注解〈4〉 自然史と人間史を分かつもの

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第12回

クリスチャンの用語法
クリスチャンさんはよく、滅んだ人類と生き残った人類の両方を指したいときは hominines (ヒト亜科の人びと)(*29)、生き残った人類だけを指したいときは modern humans (現生人類/現代人)という言い回しをします。

重要なのは、クリスチャンさんが human history と言うとき、それは「人類史」ではなく「人間史」を意味するということです。それは彼が human history の始点を、チンパンジーの系統と枝分かれしたと見られる約700万年前ではなく、ホモ・サピエンスつまり人間が出現したと見られる約20-30万年前と考えていることから明らかです。「人類史」は約700万年、「人間史」は約20-30万年、「文明史」は約1万年の射程を持ちます。

クリスチャンさんは、人類と人間を分かち、動物と人間を分かち、自然史 natural history と人間史 human history を分かつものは、collective learning (コレクティヴ・ラーニング)、つまり集積的学習と考えています。カンタンに言えば、人間だけが時間と空間を飛び超えて知識を伝達し、集積させつづけ、それらに学んで環境に対処することができた。だから生きのび、ここまで発展できた、ということです。

思うに、そのことは本屋にいてもわかります。ある程度の規模であればどこの書店でも、時代も地域も異なるソクラテスや孔子の本が置いてあり、彼らの考え方と生き様に時空を超えてふれることができるようになっています。(もちろん、彼らは本なんて一冊も書いていなくて、弟子たちが師匠の言葉を書き残したからこそ、今に伝わっているわけですが。)これは図書館でも同じことです。

あるいは、ことわざやおばあちゃんの知恵袋もそうです。文芸、歌や踊り、習俗もそうです。宗教上の聖典、口伝もそうです。教育と師弟は、その最たるものでありましょう。近年はこれにインターネットが加わりました。クリスチャンさんのビッグ・ヒストリー Big History は、そうして連綿と続いてきた collective learning の集大成と言えるのではないでしょうか。

この collective learning のアイディアは、クリスチャンさんが1990年代から一貫して言い続けてきたことであり、彼のビッグ・ヒストリーの核心です。collective learning は、big history 同様、彼が生み出した最も独創的な用語の一つと言えるでしょう。つまり、彼の言う人間の歴史とは、collective learning の発展の(そして、時に後退をともなう)歴史 なのです。 

これは一つのすぐれた創見です。ところが、このことがかえって人間を集積的にしかとらえないということにつながり、ためにビッグ・ヒストリーは「人間の顔が見えない」という批判を受けているのではないか、とわたしはにらんでいます。 (つづく)


(*29) だからといってhominines を「人類」と訳すのは、いらぬ混乱を招く。ロンドン自然史博物館のストリンガーとアンドリュースが今年出した『改訂普及版 人類進化大全』(悠書館、2012年)では、ヒト亜科にチンパンジー族とヒト族が含まれている。「族」 tribe というのは、亜科 subfamily と属 genus の間に設けられた追加の区分である。この分類では「ヒト亜科」ではなく「ヒト族」が「人類」に当たる。なおヒト族全体を指す場合は Hominini (ホミニニ)、その成員たち(ヒト族の人びと)を指す場合は hominins (ホミニンズ)と言う。