朝鮮と中国を訪れて

中西 治

地球宇宙平和研究所の皆さん
訪朝・訪中に参加された皆さん

今晩は。

朝鮮民主主義人民共和国と中華人民共和国から帰国して丸一日が経ちました。少し落ち着いてきましたので今回の旅で感じたことを書きます。

第一は朝鮮の現状についてです。

朝鮮の首都平壌(ピエンヤン)は1950年6月から1953年7月までの3年余にわたる米軍を中心とした「国連軍」との激しい戦争のあと、よく今日のように立ち直ったと思います。

平壌には市民が居住する高層住宅ビルをはじめ万寿台大記念碑、凱旋門、主体思想塔、統一憲章碑などの巨大建造物が林立しています。それは世界の大都市でどこででも見られる光景です。

東京ほどビルは立て込んでおらず、ゆったりとしており、道路はきれいでゴミはどこに行っても見当たらず、清潔でした。

市電、トロリーバス、バスなどの公共の乗り物は少し古いかなという感じです。ラッシュ時にも多くの人々が歩いていました。職住接近のせいでしょうか。自転車はそれほど見かけませんでした。

地下にはメトロが走り、駅はモスクワの地下鉄並みの豪華な装飾が施され、プラットホームはモスクワよりも広く、綺麗でした。

私が感心したのはモラン第一高等中学校、人民大学習堂、小年宮などの青少年のための教育文化施設でした。モラン第一高等中学校では夏休み中にもかかわらず少年少女たちが私たちのために登校して、楽器を演奏し、歌を歌い、踊り、最後は私たちの手をとって舞台に招き、いっしょに踊ってくれました。私も踊りました。久しぶりのことです。遠い昔を思い出しました。

子供たちは光り輝いていました。この子供たちは一朝一夕には育ちません。両親をはじめ先生方、社会が作り出したものです。私はこの国には未来があり、希望があると感じました。

少年宮での音楽と踊りはプロ並みでした。アリラン公演にも多数の少年少女が出演していました。多彩な人材が育っています。

板門店に行き、軍事休戦ラインを北から南に越えました。もっとも、現在は中断している休戦に関する南北実務交渉が行なわれる会議場内でのことですが。参観者は北からの人々の方が多く、南からの人は大型の観光バスが2台去ったあとは途絶えていました。ここでは北が優位のようでした。

帰りに開城(ケソン)市内に寄り、王宮料理を食べました。いまの庶民は昔の王よりもご馳走を食べています。

開城は朝鮮の最初の統一国家、高麗(918年-1392年、コリョ、Koryo、この言葉から外国でこの国がKoreaと呼ばれるようになったと言われています)の首都です。高麗人参の産地です。

この地は北緯38度線の南にあり、朝鮮戦争前は大韓民国に属していました。そのこともあり、また、朝鮮の古都であるということもあって、朝鮮人民軍と中国志願兵がこの地を占領していたときも米軍は開城を空から爆撃しませんでした。日本の京都のようなところです。ここには古い町並みが残っています。

かつての教育どころで、いまは博物館になっている高麗博物館と高麗大祖王、王建の墓を訪ねました。

朝鮮ではあの戦争を偉大な祖国解放戦争と名付け、米国に勝ったと言っています。私は米国は勝つことはできなかったが、負けはしなかったと考えていました。軍事休戦ラインは西では38度線の南に引かれていますが、東では38度線の北に引かれているのですから、プラス・マイナス、ゼロであると。

開城の地に立って朝鮮の主張が理解できました。この地のもつ重要性の故です。

平壌と開城のあいだには目立った街は一つもありません。一面、農地です。平壌のつぎの南の街は開城、そのつぎの南の街は大韓民国の首都京城(ソウル)です。だから、この地の取り合いが戦争末期に熾烈を極めたのです。それを朝鮮が確保したのです。

この地はこれからますます重要な意味を持つようになるでしょう。

金日成(キム イルソン)さんは生前に将来統一される国家の名称を高麗民主連邦共和国と名付けています。それは朝鮮での最初の統一国家、高麗にちなんだ名前です。首都を開城にすれば、南の顔も北の顔も立つでしょう。

私は南北朝鮮統一と日朝国交正常化はどちらが先に実現するのかな考えてきました。日朝平壌宣言が調印された時には、日朝国交正常化が先で、南北朝鮮統一はそのあとかなと感じていました。

私は平壌で南北朝鮮統一の時期はいつかと尋ねました。できるだけ早くという答えでした。

私は今回の訪問を終えて、現在の日朝関係を考えると、南北朝鮮の統一の方が日朝国交正常化よりも早くなるように思えてきました。私は南北朝鮮統一を2010年を目処に考えています。

南北朝鮮の一体化は着々と進んでいます。すでに開城で南北の共同開発が始まっています。南から陸路で開城に入った韓国の人々を高麗博物館で見かけました。南北朝鮮間の鉄道の完全な回復と運行はこれをいちじるしく促進するでしょう。

南北朝鮮が統一すれば、朝鮮も韓国も全朝鮮を代表する国家だと称してきており、日韓間にはすでに国交がありますから、日本は新しい国との間で法的問題を処理するだけで全朝鮮との国交を開けるのではないかと考えています。

真夏の夜の夢でしょうか。

日中関係について一言。

昨年夏の訪問時にくらべて中国の対日批判はいちじるしく強まっています。中国人の考え方はつぎのようなものです。

中国人にとって日本のA級戦争犯罪人といえば、1931年9月18日の中国東北での事件以来1945年8月15日の日本の敗北にいたるまでのあいだに中国に対する侵略を直接、計画し、実行した日本の軍人、政治家たちのことです。その人たちは死ねば神になり、死者の罪は問わないという日本人の論理は中国人には理解できないし、受け入れられないというのです。

日本国の首相が靖国神社に公式参拝するのはこの人たちの行なったことを日本国として認め、讃えることになるのです。中国人民はこのようなことを絶対に認めることはできません。

中国の反日デモの最大の原因と責任は小泉首相にあるのです。小泉首相が靖国に参拝するのであるならば、中国に来なければよいし、来てはならないのです。

以上が中国人の主張ですが、私たち日本人は中国だけではなく、朝鮮を含めてアジアの国々で日本が行なった侵略をもっと深刻に考えるべきなのです。

加害者には時効があるかも知れません。

被害者には時効はないのです。

今日はここまでにします。

朝鮮の経済・社会・政治などの問題についてはつぎの機会に譲ります。

それではまた。