クリスチャン『時間の地図』注解〈1〉 宇宙の始まり、地球の地質年代

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第9回

中西治 NAKANISHI Osamu さんがユニバーサル・ユニバーシティー(UU)の開校講義草稿で、デイヴィッド・クリスチャン David CHRISTIAN さんの『時間の地図』(Maps of Time)第2版の年表類をまとめています。そこで今回は、これを読み解く際に必須と思われることがらについて、大きく3点に分けてお話しします。

中西さんが紹介されたように、日本で昨年異例のヒットを果たした『世界史』(中公文庫)の著者ウィリアム・H・マクニール William H. McNEILL さんは、『時間の地図』に序文を寄せ、「ニュートン、ダーウィンに類する偉大な業績」と讃えています。(*24) ニュートン NEWTON が地上界と天界、ダーウィン DARWIN が人間界と自然界を結びつけ、そこに一貫するものに目を向けたように、クリスチャンさんは、人間史と宇宙の創成以来の自然史を結びつけました。(もちろん、先駆者は多岐にわたります。)

マクニールさんは、ビッグ・ヒストリーがまだ知られておらず、マイナーだった頃から引き立て、援助を惜しみませんでした。ために、“わが子”がかわいいという面もあるのでしょう。実際、世界史学の泰斗(たいと)としての彼の威信と、資金援助も含めた激励がなければ (*25)、ビッグ・ヒストリーがこのように早く日の目を見ることはなかったかもしれません。クリスチャンさんは、いわばマクニールさんの「推しメン」なのです(笑)。

では、前置きはこのくらいにして、本題に入ります。

1.宇宙の始まり

現在の宇宙論では、ビッグバンは宇宙の始まりとは考えられていません。まず初めに「無」に近いような量子のゆらぎがあり、それがインフレーション(急激な大膨張)を起こして、ある時点で止まります。すると今度は、膨張のエネルギーが熱に転じて、宇宙全体が大爆発を起こす。これがビッグバンです。ビッグバン以降は膨張のスピードがゆるやかになりましたが、それでも膨張は加速しつづけています。

初めに、正体のまだよくわからない凪(なぎ)のような状態があり、それが急にふくらんで、止まったかと思えば大爆発して、今に至る、というわけなのです。ですから、今わかっているところでは、「ビッグバンの前にインフレーションがあり、インフレーションの前には量子のゆらぎと言われる宇宙の状態があった」ということになります。

それをふまえた上で、あえて「宇宙はビッグバンから始まった」という表現をとるにしても、それはインフレーションをふくめて漠然と宇宙の始まりを指す「広義」の用法であって、通常は「狭義」、つまりインフレーションの後に現れた火の玉状態の宇宙の意味で用いられます。

こうした基本的なことをふくめ、最新の宇宙論の成果の大枠をとらえたい方は、
小難しい説明をバッサリ切った 竹内薫『ざっくりわかる宇宙論』(筑摩書房、2012年);
フルカラーのイラストでわかりやすい Newton別冊『大宇宙――完全版――』(ニュートンプレス、2012年);
観山正見・小久保英一郎『宇宙の地図』(朝日新聞出版、2012年)
などを参照されるのもよいかもしれません。

最後の『宇宙の地図』は、わたしたちの等身大サイズから撮影しうる限りの宇宙の果てまで、「10の何乗」という尺度で段々と大きな画像へ移行していき、手軽な写真集として楽しめる一冊です。

そういえば、ビッグバン理論は神による天地創造とは質の異なる科学的な話だと思っている人もいるでしょうが、ビッグバン説が初めて出てきたときは、「光あれ」と言って神が創世したというのと同じじゃないかと言われて、うさんくさい話だと思われていたそうです。まあ、言われてみればたしかに似てますね。

2.地球の地質年代

次に、クリスチャンさんが「表A1. 地質学のタイムスケール」でとりあげた地質年代は、言及したいものだけ取り上げたごく大ざっぱな抜き書きに過ぎません。くわえて「地質学の代」 Geological Era の欄に「累代」 eon に当たる太古累代 Archean Eon が含まれていたり、「紀」 period の欄に「世」 epoch に当たる~新世(しんせい) -cene が含まれているなど、本来階層の異なる区分を同じ階層で扱っています。(*26) よって、初学者がこれを元に地質年代の層序を把握しようとするのは危険です。

現在国際的に認められている地質年代(地質学上の時期区分)は重層的なものですが、日本ではさらにその日本語表記が統一されていないという問題があります。そこで、それらを網羅的に整序するとともに、各単元(時期区分)の由来まで逐一説き明かした、専門家による最新の成果として、J. G. Ogg / G. Ogg / F. M. Gradstein, The Concise Geologic Time Scale (Cambridge University Press, 2008) = J. G. オッグ/G. M. オッグ/F. M. グラッドシュタイン(鈴木寿志訳)『要説 地質年代』(京都大学学術出版会、2012年)がおすすめです。くわえて、日本地質学会執行理事会「地質系統・年代の日本語記述ガイドライン」(日本地質学会HP、2010年) を参照すれば、これらの表記をめぐる混乱が察せられるでしょう。

地球の(公認の)地質年代は、「累代(るいだい) eon >代 era >紀 period >世(せい) epoch >期 age 」という順で下位の分類になっていくことが大前提です。(*27) era (イーラ)や period (ピアリオド)、age (エイジ)は人文社会科学系の時期区分でもよく使われますが、地質学上の用法とは区別しなければなりません。 (つづく)


(*24) William H. McNeill, “Foreword,” in Christian, Maps of Time, 2nd ed. (2011), p. xv. この序文は旧版(2004年)のため2002年に執筆された。

(*25) マクニールは、1996年にエラスムス賞(1958年創設、ヨーロッパにおいて文化の分野で多大な貢献をした人に贈られる賞)を受賞した際、その賞金の半分を、ヨハン・ハウツブロム Johan GOUDSBLOM とフレット・スピール Fred SPIER が始めたアムステルダム大学 University of Amsterdam のビッグ・ヒストリーの講座に寄付した。これにより、ビッグ・ヒストリーはオランダで一躍注目を集める。辻村、前掲「大きな歴史」、116-117ページ。

(*26) Christian, Maps of Time, 2nd ed., p. 504, Table A1. The Geological Timescale. 講義の板書で便宜的にこういうことをやるのはわかるが、本の一部として補足説明もなしに公刊するのは誤解をまねく。

なおクリスチャンが「地質学の代」の欄で、新生代 Cenozoic Era の下にかっこ書きで記した Tertiary (ターシャリー)は、その下位区分の第三紀(Tertiary Period)のことで、 かつて旧成紀(古第三紀) Paleogene Period と新成紀(新第三紀) Neogene Period の総称として使われたが、現在は非公認の区分となっている。

(*27) 先カンブリア時代 the Precambrian、冥王時代 the Hadean は、非公認の便宜的区分であるため、累代であるとか代であるといった格づけ自体がなされていない。