韓国・梨花女子大学、ビッグ・ヒストリーを導入

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第8回 

お隣・韓国でもビッグ・ヒストリーの教育が始まっています。デイヴィッド・クリスチャン David Christian さんは、2009年から韓国ソウルの梨花(イファ)女子大学 Ewha Woman’s University 世界史・全球史研究所 Institute of World and Global History にも勤めており、同年から主として英語でビッグ・ヒストリーの講座を開いています。

梨花女子大学の前身である梨花学堂 Ewha Haktang は、1886年李氏朝鮮時代のコリアに、メソディスト監督教会 Methodist Episcopal Church のアメリカ人宣教師メアリー・F・スクラントン Mary F. Scranton によって創立されました。これはコリア半島における女性のための初の教育機関であり、その教育はキリスト教的価値観にもとづくものでした。

同校は、1945年にコリアが日本の支配から解放されると、翌年には政府から公式に認可された初の四年制大学となります。1950年代には、当時およそ女性とは無縁と思われていた医学、法学、科学、ジャーナリズムといった学問の導入に踏み切りました。このように梨花女子大学は、コリアにおいて、女性の権利と社会的地位を向上・強化する先駆的役割を果たしてきたのです。

ではクリスチャンさんは、ここでどのような講義を行っているのでしょうか。2009年に彼がおこなった夏期講座「新しい世界史、全球史(グローバル・ヒストリー)、大きな歴史(ビッグ・ヒストリー)」のシラバス(講義要綱)によると、概要は以下の通りです。(*20)

本講座では、「ビッグ・ヒストリー」と呼ばれる「世界史」の新たな形態について学ぶ。世界史のあらゆる形態がそうであるように、ビッグ・ヒストリーは、ほとんどの大学で歴史教育を支配するネーション〔民族/国民/国家いずれの意味もある:辻村補足〕中心の観点を乗り越えようとするものである。代わってビッグ・ヒストリーは、歴史に迫るためのより人間中心で全球的な方法を提示する。受講者にはこの面白さを知ってもらいたい。

ビッグ・ヒストリーはあらゆるスケール(尺度)で過去を見渡すもので、宇宙の起源に始まり今日の全球的世界に終わり、それから未来を見つめる。いわば現代の創世の物語のようなものだ。ビッグ・ヒストリーは宇宙における人間の立場を理解するのを助ける世界史の一形態であり、そのために21世紀初頭のわたしたちに利用できる最善の科学的情報を用いるのである。

第1週 6/22~6/25
第1講 序論:本講座であつかう題目、受講者に求められる課題についての説明 またお互いの自己紹介も行う わたしはあなたの背景から何かを学びたいし、あなたもわたしの背景から何かを学ぶだろう
第2講 世界史とビッグ・ヒストリー 宇宙の万物はどのように創られたのか
第3講 恒星と銀河はどのように創られたのか わたしたちの太陽系はどのように創られたのか
第4講 わたしたちの地球の起源と歴史 期末小論文についての相談

第2週 6/29~7/2
第5講 生命、地球上の生命の起源と進化 生命は40億年かけてどのように進化してきたのか
第6講 人間の進化 人間を際立った存在にしているものは何か
第7講 人間史の最古の時代:旧石器時代
第8講 中間試験:これまでの講座について

第3週 7/6~9
第9講 農業の起源:歴史における根本的転換点
第10講 最初の国家と文明の創造
第11講 農業文明の進化
第12講 現代と工業革命

第4週 7/13~16
第13講 20世紀と今日の世界:期末小論文の提出
第14講 人間と環境
第15講 講座の復習と試験の準備
第16講 最終試験:講座全体について

教科書は、クリスチャンさんの自著『この儚き世界:人間の短い歴史』(This Fleeting World: A Short History of Humanity>)と、そのコリア語訳『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』です。(*21)

なお私は、かつて global history を地球史、globalization を地球化と訳しましたが、今はそれぞれ全球史もしくはグローバル・ヒストリー、全球化もしくはグローバリゼーションないしグローバル化とも訳しています。“global” には「地球の、地球的な、地球規模の」の他に「総合的・包括的な」「球形・球状の」という意味があり、「地球」の意味一本で行くと苦しいことになってくるからです。

歴史学者のパメラ・カイル・クロスレイ Pamela Kyle Crossley がウェルズ H. G. Wells の歴史を global history と言ったのは、「総合史」という意味でもありました。(*22) NASA のマーズ・グローバル・サーヴェイヤー Mars Global Surveyor も、火星の全球探査をするためのもので、火星と地球の両方を探査するというわけではありません。

それと、「全球」ではなく「総球」というのも考えましたが、せっかくお隣・中国に「全球化」といううまい訳語があることですし、それを使わせてもらったほうが相互の通じもよいだろうと思います。

くわえて、global history が地球史だと、主に自然科学の視点から地球の形成以来の物理的自然史を把握する earth history との訳し分けができません。global history の定義は論者によって様々ですが(*23)、そこでの最大の関心事は自然の歴史ではなく人間の歴史だからです。

また、今は「検索の時代」です。検索して上位に表示されるかどうかが、注目されるか否かの命運を分けます。私が「大きな歴史」という表記にこだわらず、「ビッグ・ヒストリー」とも記すのは、若い人が「big history というのがあるらしい」と知って検索をかけるならまずはカタカナか英語だから、という実践的判断も働いています。

幸い本コラムは開始から現在まで、一部の時期をのぞいて、Google で「ビッグ・ヒストリー」と検索した時の最上位を守っています。もちろんこれは、ビッグ・ヒストリーという分野への日本人の参入者が少ないのと、宣伝力の強い大手出版社が関連書籍を出版していないという好運に恵まれたからです。これからは質と量と技術を競う時代になるでしょう。


(*20) The syllabus of David Christian’s summer course, “New World History, Global History, and Big History” at Ewha Woman’s University, Seoul, South Korea in 2009. http://usm.maine.edu/sites/default/files/The%20Collaborative%20of%20Global%20and%20Big%20History/ChristianKoreaSyllabus.pdf

(*21) 데이비드 크리스찬 (김서형, 김용우 번역) 『세계사의 새로운 대안: 빅뱅에서 21세기까지, 글로벌 네트워크의 역사』 (거대사, 2009). (デイヴィッド・クリスチャン[キム・ソヒョン/キム・ヨンウ訳] 『世界史の新たな代替案:ビッグバンから21世紀まで、グローバル・ネットワークの歴史』 [ゴデサ、2009年]。)

(*22) 中西治『ロシア革命・中国革命・9.11:宇宙地球史の中の20-21世紀』(南窓社、2011年)43ページ。

(*23) その一部は過去にまとめた。辻村伸雄「地球宇宙史のための方法論的覚書」『ソシオロジカ』30(1)(創価大学社会学会、2005年)40-46ページ。