8.ウェルズの未来観 : ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

先にも見たように、ウェルズは1895年に『タイム・マシン』を発表しましたが、この書は1924年に『H.G.ウェルズ全28巻著作集』が刊行されるさいにウェルズ自身が改稿し、新版を出しました。ここではこの改稿された新版を翻訳した石川年訳『タイム・マシン』角川文庫、2002年、によって、その内容を紹介します。

主人公は「タイム・トラヴェラー」と呼ばれるウェルズ本人です。彼は「時間を航行する機械」を発明・製作し、この機械を使って西暦80万2701年の未来に行きました。彼はいつも、80万2000年後ころの人類は、知識、芸術など、あらゆる面で、自分たちが信じられないほど進歩しているだろうと期待していました。それなのに、地球の未来に住む人々は身体の小さな小人で、そのひとりが、彼の問いに答えたとき、その知能程度は自分たちの5歳児ぐらいを示しているのを知って、失望しました。

この未来の世界は荒廃した栄華の状態でした。実に荒れていました。緑樹帯のあちこちに宮殿のような建物がありましたが、イギリスの風景を特色づけている個人住宅や小屋などはどこにも見えませんでした。「共産制度か」と彼はつぶやきました。それに続いて他の考えが浮かびました。彼の後ろについてきた6人ほどの小人を振り向きました。みんなが同じ型の衣服をつけ、同じようにやさしいひげのない顔をし、同じように少女っぽいふっくらした手足をしているのに気づきました。未来人たちが安易で保障された生活をしているのを感じました。

彼は浅瀬で溺れそうになった女の小人を助け、その女小人から感謝のしるしに大きな花束を貰いました。この女性は「ウィーナ」と言い、その愛らしさは、まさに子供の愛らしさでした。ウィーナは彼と行動をともにするようになりました。

ここには地上で生活する「エロイ」と地下で生活する「モーロック」という2種類の人間がいました。地上人エロイはひ弱な美しさへと退廃し、地下人モーロックは単なる機械的生産機構に堕してしまったかのようでした。

80万年以上前から元に戻ったとき、タイム・トラヴェラーのポケットにはウィーナが道をともに歩きながら入れてくれた二つの白い花がすっかりしおれて、ぺちゃんこでぼろぼろになりそうだが、はいっていました。ウェルズはこの本の最後で「これこそが、たとえ人類の英知と力が失われるような日が来ようとも、感謝の念やたがいに慕い合う情(こころ)だけは、なお人間の心臓のどこかに生き残るということの証拠なのだ。」と述べています。

ウェルズの未来についての見通しは明るくありません。これは第二次大戦が終わった後の1946年に出版した『世界史概観』でもそうでした。彼はこの本の70章「「人類」についての現在の見通し」で「現在、種としての人類は発狂しており、精神的自制ほどわれわれに急を要するものはないといったとしても、ほとんど誇張ではない。」と指摘しています。そして、最終の71章「1940年から44年まで――行詰まりに立った精神――」で次のように述べています。

人類(ホモ・サピエンス)」は現在の形ではへとへとになっている。天上を運行する諸星はもはや彼の運命には背をむけ、いよいよ急速に彼を終末に押しつめる運命と直面しながら彼は、よりよくその運命に適合し得るなんらかの他の動物に席をゆずらなければならないのである。

いま確かに分かっていることは、地球の活力の減退という一つの事実である。年も日もいっそう長くなっている。人間精神はなおも活動的ではあるが、それは終末と死とを追求し策を練っているのである。

著者――だが、その年齢(79歳)を忘れないでほしい――は、この世界を、回復力のない疲れきったものと見る。本書の前のほうの部分では、人間は窮状から抜け出して、人間的生活の新しい創造的段階にはいりこむだろうと考える、希望的意向が明らかにされている。過去2年間、われわれの全世界の無能ぶりに対面して、その楽観主義はきびしい懐疑に席をゆずってしまった。老年たちの振舞いは、たいてい卑屈でむかつくばかりのものであるが、青年たちも発作的で、愚かで、あまりにもたやすく惑いやすい。

人間は険しい道を登るか下るかしなければならない。そして、下っていって退場することに賛成しているもののほうが多いように見えるのだ。彼が登ってゆくとすれば、その場合、彼に要求される適応性はあまりにも大きいので、彼は人間であることをやめねばならない。ふつうの人間――読者は本章の副題を思い出すであろう――は行詰まっている。わずかな、きわめて適応性に富む少数だけが、何とか生き残れるかも知れない。残りのものは、そうしたことに心を労したりしないで、何か気のむいた麻酔か慰楽かを見つけるであろう。

これがウェルズの人生の最後の思いでした。彼が生きた1866年9月から1946年8月に至る79年余の期間は、英国が世界各地に植民地を持ち、「日没せざる国」として繁栄をきわめたときからドイツ、日本などの追い上げをうけ、第一次大戦と第二次大戦を戦い、勝利したものの、「グレート・ブリティン植民地エンパイア」の崩壊する時期でした。この間に彼は新しく登場した社会主義に関心を持ちましたが、これも彼の夢を実現するものではありませんでした。

1890年代から1920年代にかけて彼が描いた80万年後の世界は暗かったです。さらに、1920年代末から1940年代なかばにかけて世界は経済大恐慌から大戦争へと向かいました。彼は現実にこの地球上で人と人が大量に虐殺しあう地獄を見ました。こうした時代の状況がウェルズを死の直前に「ふつうの人間は行詰まっている」との心境に導いたのでした。