1.ナザレチャンの「ユニバーサル・ヒストリーとは」: ユニバーサル・ヒストリーと宇宙・地球・人間の将来

中西 治

先程も申しましたが、ビッグ・ヒストリーとメガイストリヤはまったく同じです。メガイストリヤはビッグ・ヒストリーのロシア語訳です。

つぎにビッグ・ヒストリーとユニバーサル・ヒストリーです。

ロシアのナザレチャンは2003年にモスクワで出版された『地球学、百科事典』で「ユニバーサル・ヒストリー」の項目を担当し、ユニバーサル・ヒストリーとビッグ・ヒストリーは同義語である、まったく同じものであると書いています。つまり、ビッグ・ヒストリーとメガイストリヤとユニバーサル・ヒストリーの三つはまったく同じものなのです。

ナザレチャンによると、仮説的なビッグ・バンから今日までの全宇宙の歴史であるユニバーサル・ヒストリーの概念は1980年代から1990年代にかけてロシア、米国、オーストラリア、ベルギー、オランダなどの研究者によって形成されました。これが形成された背景には二つの事情がありました。

第一は、ロシアの物理学者であり、数学者であったフリードマンが1920年代につくりだした進化論的・相対論的宇宙構造論が、空間と時間において無限で不変な、均質的・恒常的宇宙についての考えを自然科学的世界像から排除したことです。

第二は、宇宙物理学的な宇宙、地殻、生物圏、社会の連続した変化のなかに一貫した諸ベクトルが観察されることが明らかになったことです。

こうして、地球と太陽系を進化過程の限られた分野として検討することが中止され、過去の総合的なモデルが、相対論までの科学で考えられていたよりもはるかに大きな空間と時間の規模を要求するようになった、とナザレチャンは言います。

たしかに、ナザレチャンが言うように、ビッグ・バンによる宇宙の始まりから今日までの歴史を説くユニバーサル・ヒストリーは20世紀に生まれましたが、宇宙の始まりから今日までを語る歴史は古くからありました。たとえば、『ウィキペディア』「普遍史」によると、天地創造から最後の審判にいたる聖書の記述にもとづく普遍史はキリスト教成立時の古代ローマ時代に遡ることができます。古代的な普遍史はアウグスティヌス (354年-430年) の著作『神の国』によって完成されました。それは「救済史観」でした。

中世において普遍史を再構築したのはオットー・フォン・フライジング (1114年-1158年) でした。彼は著作『年代記』でアウグスティヌス以降の時代を説明しました。

14世紀末から15世紀初めにかけて始まったイタリア・ルネサンスとヨーロッパの宗教改革、1492年のコロンブスのアメリカ大陸到達に象徴される地理上の発見によって、事態は大きく変わり始めました。

「新大陸とそこに住む人類」の発見は聖書にもとづく普遍史的世界観を揺るがしました。聖書はアメリカ大陸とそこに住む先住民について何も書いていませんでした。彼らは何者か。彼らを人間と認めることによってヨーロッパ以外にも人間が住んでいたことになりました。ヨーロッパ中心の普遍史的世界観は転換を迫られました。

中国の存在が明らかになったことも大きな衝撃でした。聖書ではアダムとイヴで始まった人間はノアの大洪水で絶滅し、方舟で生き残ったノアとその一族の計8人だけで再出発しました。地球上に住んでいる人は彼ら8人のいずれかの子孫でした。その子孫に中国人はいませんでした。ところが、中国ではこの大洪水の以前にも、以後にもたくさんの人間が住んでいたのです。

普遍史に引導を渡したのはアウグスト・ルートヴィッヒ・フォン・シュレーツァー (1753年-1809 年) でした。彼は1785年に発表した『世界史』で普遍史は聖書文献や世俗文献を研究する補助分野であり、歴史学を構築するには諸事実を系統的に集成し、「世界史 (Welt Geschichte) 」を叙述すべきであると主張しました。普遍史から世界史への転換です。時代は啓蒙期でした。

ここまで「普遍史」と言ってきたのは、実は英語では「ユニバーサル・ヒストリー」と呼ばれた歴史です。岡崎勝世はシュレーツァーの書 Universale Historie の中の訳語「普遍史の観念」で初めてこの語に触れたと述べ、後に、伝統的なキリスト教歴史観を指して Universal History という表現が多く使われていることを確認していますが、この用語は充分に一般化していなかったようです。

Asia University NII-Electronic Library Service によると、日本でも中野泰雄 (中野正剛の子息) は亜細亜大学国際関係学部で「比較社会思想史」の講義を担当してきましたが、1994年1月13日に最終講義「ユニバーサル・ヒストリーにおけるアジアとヨーロッパ」をおこなったさい、これまでマックス・ウェーバーの「ユニバーサルゲシヒテ」の訳語にとらわれてユニバーサル・ヒストリーを普遍史としてきたが、最終講義では「ユニバーサル」を「宇宙的」Time-Space (時空) までも含む仮名コトバとして使うと述べています。これは中野の31年間にわたるユニバーサル・ヒストリー研究の結果でありますが、同時に、彼が講義を始めた1960年代初めと最後の1990年代初めとのユニバーサル・ヒストリーについての世界の認識の変化をも反映したものです。

ナザレチャンはユニバーサル・ヒストリーを、かつての神話的な宇宙史観と絶縁したものとし、新しいユニバーサル・ヒストリーと旧来のユニバーサル・ヒストリー (普遍史) とを別のものとし、新しいユニバーサル・ヒストリーだけをユニバーサル・ヒストリーとしています。しかし、私はこの二つを分けないで、聖書と聖書にもとづく歴史叙述もユニバーサル・ヒストリーとし、それらを3000年前から2000年前の人間の英知が生み出したものと考えています。

時代が進むにしたがって人間の知識が増大し、それまでのユニバーサル・ヒストリーと現実が一致しないことがたくさん出てきました。天地創造の部分は神話となり、歴史から消え去り、世界史は考古学や文書によって立証できるところから論じられるようになりました。

20世紀に入り、時代はさらに大きく変わりました。人工衛星が地球の周りを回り、人間が月面に立ち、宇宙空間に滞在するようになり、宇宙が身近になりました。宇宙生成・拡大や人間進化の過程も相当程度分かり、未来もある程度予測できるようになりました。ユニバーサル・ヒストリーが蘇り、ふたたび人々の大きな関心を集め始めました。今度は「普遍史」ではなく、「宇宙地球史」です。「宇宙地球史」は私の命名です。ユニバーサル・ヒストリーは空想から科学へと発展しました。

ユニバーサル・ヒストリーの盛衰と復活は人間の知恵と知識が豊かになり、人間の生活圏が宇宙空間にまで広がった結果です。私をこれらのすべての人間の英知に学びながら、21世紀においてこれをいっそう発展させ、22世紀以降の人間に引き継ぎでいきたいと願っています。

私のユニバーサル・ヒストリーについての時期区分は次の通りです。この図表は辻村伸雄がバリー・ロドリーグの助言を得て作成したものです。

ユニバーサル・ヒストリーの時期区分 (最新版、2012年6月)

次に、19世紀末から20世紀なかばまでの世界史の研究状況を検討します。