総会記念講演会 加茂 雄三 (青山学院大学名誉教授)

事務局

最近のラテンアメリカ情勢をめぐって ―キューバ、ベネズエラを中心に―
2006年5月7日 (日) 15:30-17:30
かながわ県民活動サポートセンター711号室

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左傾化する南米諸国

ここ数年日本のマスコミで取り上げられるような大きな事件もなかったため、ラテンアメリカへの関心はあまり高くなく、ラテンアメリカの存在感は薄れていたように思える。しかし、昨年の暮れ頃から急にこの地域は、言わば燃え上がってきている。その一つにはベネズエラのウーゴ・チャベスという大変パワフルな大統領の登場がある。彼の政権は一昨年ぐらいから急進的な路線を取り、米国の政策を公然と帝国主義として批判さえしている。さらに、半独裁的な政策を進めながらも、高騰する石油による利益や、言論の自由の保証などによって、国際的な批判や攻撃をうまくかわしてもいる。このようなことは、ラテンアメリカでは今までに例のないことである。

また、2005年の12月、ボリビアでは史上初めて、エボ・モラーレスという先住民出身の大統領が当選した。彼は非常に急進的な思想の持ち主で、チャベスやカストロとも深く親交している。ボリビアは天然ガスの大生産国だが、その国有化を今年の5月に宣言し、無尽蔵とも言われるこの天然ガスを武器にしようとしている。さらに、今年ペルーで行なわれる大統領選挙では左派で元軍人のオジャンタ・ウマーラがチャベスのバックアップを受けて当選する可能性が出ている (編注: この講演後、6月4日の決戦投票で中道左派「アプラ党」のアラン・ガルシア元大統領が当選した)。エクアドルでは今年行なわれる大統領選挙に先住民の候補が出馬する可能性もある。

そして、キューバとベネズエラ、ボリビアは、米国が進める地域統合に対抗する新たな地域統合の構想を打ち出している。この構想は、従来の経済的な地域統合とは異なる、社会正義を実現するという大義に貫かれた地域統合を目指している。

このような状況に対して、米国は打つ手を持っていない。米国がイラクなどの中東地域に目を向け、ラテンアメリカを疎かにしている間に、このようなチャベスらの新しい動きが台頭してきたのである。

チャベスのボリーバル革命

ベネズエラの現大統領であるウーゴ・チャベスは、西部のリャノスという草原地帯出身の軍人であった。雄弁家であり青年将校として信望を集めた彼は、1992年、38 歳の時に、腐敗堕落した当時のぺレス政権に対してクーデターを試みるが失敗した。当時のベネズエラでは、1980年代以来貧富の格差が拡大し、国民の所帯の内76%が貧困、その内28%が極貧という状況であった。既存の二大政党はそのような状況に対して無力で、大量の石油の産出がありながらも、その利益が庶民に行き届かなかった。

チャベスは、このような古い社会体制下で疎外されてきた貧困大衆を救済するため、今度は1998年の大統領選挙に出馬し当選、1999年に大統領に就任した。20年以内に貧困に終止符を打つとの公約で、大統領就任後は貧困大衆のため教会を含めあらゆる既成勢力を攻撃してきた。このようなチャベスに対して、中間層以上の人々による反チャベスの運動が激化もした。2002年には軍によるクーデター未遂事件、2004年には大統領罷免投票といった危機もあった。しかし、これらの危機を乗り越えたチャベスはさらに勢いづいている。当面のところ私有財産制や市場経済制を全面的に否定するようなことはしていないが、反資本主義、社会主義の立場を強化して、企業の協同組合化や、国営企業の統合・強化、新しい概念である社会的生産企業の創設を進めている。

その勢いの背景には、2004年以来高騰する原油による莫大な収入がある。ベネズエラは世界第5位の石油輸出国であるが、その莫大な収入をベネズエラは困っている階層に還元している。キューバや中南米諸国には安い価格で石油を供給し、米国でも低所得者向けには安い価格で石油を供給している。さらに、ベネズエラは、アルゼンチンの対外債務9億860万ドル、エクアドルの対外債務2,500万ドルを全面的に肩代わりもした。ベネズエラの支援によって、アルゼンチンやエクアドルはIMFを恐れる必要がなくなっている。

そして、チャベスは米国の世界政策、とりわけイラク政策を公然と批判している。米国の唱える自由貿易圏の代替案として「アメリカ大陸の人民のためのボリーバルのアメリカ (オルタナティブ)」を提唱している。これは米州自由貿易圏構想とは異なる、社会正義の実現に重点を置いた注目すべきものである。また、ベネズエラは米州機構に社会憲章を制定することを主張し、2004年の総会で承認された。

このベネズエラとキューバは、相互にとって最大の友好国である。チャベスとカストロとの間には個人的信頼関係があり、チャベスの実兄は駐キューバ大使である。ベネズエラはキューバに対し、原油の安価供給の他、多大な経済支援を行なっている。キューバの最大の貿易相手国はベネズエラであり、その意味でキューバにとってかつてソ連が果たした役割をベネズエラが果たしているとも言える。一方、貧しいキューバはベネズエラに26,000人の医者を派遣して、スラム街での無料診察などを行なわせている。このおかげでベネズエラの保健衛生状態はかなり良くなっているが、ベネズエラ人はこれもチャベスのおかげと考え、次の選挙もチャベスに投票すると言う人もいる。ベネズエラとキューバとの間のこのような良い循環はそう簡単には崩れないであろう。

キューバの現状と展望

2004年にカストロが演説後に転倒した際、西側のメディアはキューバが風前の灯かのように報道したが、これは的外れである。今やキューバの経済成長率は年8%(2005年)、2004年の外貨準備高は14億8千万ドルもあった。

ソ連の崩壊はキューバに大打撃を与えた。貿易の8割が対ソ連、東欧であったためである。さらに、米国は対キューバ経済封鎖を一段と強化してきた。キューバは自立化のため、食糧の増産や石油の自給化、新しい戦略産業の開発などを行なった。砂糖産業への依存からの脱却である。新しい産業の主軸の一つは観光業である。観光客も年々増加している。観光業は外貨の最大の収入源であり、外貨の41%が観光業によるものである。また、キューバは医療先進国である。先ほど紹介したベネズエラを初め、中南米やアフリカの貧困地域に医者を派遣したり、ハバナにラテンアメリカ医療学校を設立したり、アフリカや中南米の学生に無料で医療教育を行なったりしている。また、ほとんど報道されていないが、チェルノブイリの被災児童を引き取って治療を行ない、今でも続いている。

そして、開放経済を部分的に導入し、ドルの所有の自由化、一定の個人営業の許可も進められた。ドルの自由化は今は廃止されている。こうしてキューバの経済成長は1994年にプラスに転じたのである。さらに、キューバでは産出する石油が増加し、そのうち完全自給に達するものと見られている。メキシコ湾岸では新たな油田が発見され、興味深いことに米国の石油会社も関心を寄せている。

ただ、このようなキューバの発展は、米国に亡命しているキューバ人にとっては望ましいものではない。2000年の大統領選挙において、ブッシュは最終的にフロリダ州在住の亡命キューバ人の票で当選したため、亡命キューバ人に恩がある。また、弟ジェブはフロリダ州の知事であり、その夫人は強硬な反カストロ派の亡命キューバ人である。会費が二万ドルという弟ジェブの政治パーティーへの参加者には、政治家や財界人になっている亡命キューバ人が多くいた。米国には130万人の亡命キューバ人がいるが、その発言力はいまや大きい。これは米国の中にあるキューバである。米国にとってキューバ問題は国内問題でもあり、それがキューバ問題を一層複雑にしている。

またキューバにとっても、米国の中のキューバはもう一つのキューバである。カストロ後のキューバの指導体制については当面のところ問題はない。若い世代や女性の活躍も目覚しい。しかし、次の世代においては、開放経済に伴いキューバに多くの人、とりわけ亡命キューバ人が入ってくる可能性があり、それがキューバのエリートと、米国のエリートである亡命キューバ人という二つのエリートの間に、政治闘争を起こさせる可能性がある。キューバと米国との関係は、複眼的に見る必要がある。

おわりに

世界が考えられているよりももっと複雑なことが分かっていただけたらという観点からラテンアメリカの情勢を紹介した。今の日本はものの見方が一元化されつつある時代であり、その枠から外れる見方は殆ど言論界から締め出されている。しかし、これは大変なマイナスである。反対意見や対抗意見を取り入れなければ、ものの見方に深さも幅も出ないからである。

とりわけ今の日本における国際状況の認識は、非常に奥行きがなく懐が浅い。例えば今日紹介したようなラテンアメリカの情勢や、キューバと米国の複雑な関係などはどれだけ報道されているのだろうか。これでは何か複雑なことが起きると、日本の外交は対応できなくなってしまう。同じ見方をする者ばかりで、そうでないものを排除していってしまえば、その先は神風特攻隊による自爆が待っているだけである。一方、米国は 9.11 以降単元化する傾向にあるとは言え、それでも複雑であり多様である。これは、9.11以前のことではあるが、ラテンアメリカ政治に関する反米的な本がフォード財団の支援で出版されたりしている。米国には異なる見方から学んでいく姿勢があるからこのようなことが起こるのである。

もっと多様な視点、多様な価値観から国際社会の現実を捉える必要がある。そのためには、独自に世界の複雑な情勢をみていく努力が必要とされている。

(文責 ニューズレター編集部)