ビッグ・ヒストリー初の語句集

のぶおパレットつじむら

「宙(そら)読む月日」第7回

円高の昨今、洋書を買うにはお得な時期が続いています。そんなわけで、今日は年末に我が家に届いた一冊デイヴィッド・クリスチャンほか編『バークシャー精選語句集 ビッグ・ヒストリー』を紹介します。これは『バークシャー世界史事典』第2版からビッグ・ヒストリーに関連した項目を集めた160ページほどの語句集です。(*17)

バークシャー出版社からはすでに同事典の初版からクリスチャンの単著『この儚き世界』がリリース(刊行)されています(*18)ので、今回の本はビッグ・ヒストリーがらみのスピンオフ(派生品)の第2弾となるわけです。

ユニヴァーサル・ヒストリーの復活
冒頭のクリスチャンによる「序論」は、『時間の地図』初版から第2版までの自分の研究をコンパクトにまとめた小論にもなっています。(*19) 一部を紹介します。

クリスチャンさんは、ユニヴァーサル・ヒストリーは古来の伝統だと言います。過去のほとんどの社会は、自分たちの住む宇宙と自分たちの共同体の存在と本質を明らかにすべく、利用可能な最善の情報を用いて、過去全体の一貫した統一的説明をつくりあげようとしてきたからです。

キリスト教世界では宇宙はおよそ5000から6000歳で、地球がその中心にあるとするキリスト教の宇宙論が、1500年間支配的でした。科学革命がキリスト教宇宙論の信用性を掘り崩した後ですら、歴史思想家たちはニュートン的な科学にもとづいてユニヴァーサル(普遍的)な時間と空間の地図をつくろうとしました。ヘーゲル Hegel とマルクス Marx が歴史を書いたのも、そのような伝統の中でのことでした。ランケ Ranke でさえ、晩年には自分でユニヴァーサルな歴史を書こうとしたのです。

けれど、ユニヴァーサル・ヒストリーの伝統は、19世紀末に突如決定的に消え入ります。ほどくなくして、H・G・ウェルズ Wells が『歴史のあらまし』(邦訳『世界文化史大系』)を著し、ユニヴァーサル・ヒストリーを試みました。この仕事はプロの歴史家には無視されましたが、それにはおそらく十分な理由がありました。ウェルズの叙述は時代を下れば下るほど、憶測にあふれ、確かな情報はほとんどなかったからです。ウェルズの時代にはやりたくてもやれなかったのだ、というのがクリスチャンさんの見解です。

60年前、自信をもって決定的な年代を言うことができたのは、書かれた記録が残っている場合だけでした。数千年以上前となると、信頼できる時系列はなにひとつ引けず、それ以前にいたっては年表のもやのようなものの中に姿を消していきました。ところが、1950年代にウィラード・リビー Willard Libby が炭素14の規則的放射性崩壊にもとづいた放射性炭素年代測定の信頼できる技術を初めて確立します。この方法は改良され、広く応用されて、他の年代測定技術と合わさって宇宙の起源にまでさかのぼり、わたしたちは今や19世紀には考えられないほどの厳密さと精確さでユニヴァーサル・ヒストリーを研究できるようになりました。

クリスチャンさんはこれを「年代測定革命 chronometric revolution」と呼び、それが現代においてユニヴァーサル・ヒストリーがビッグ・ヒストリーという新たな形で復活した主因だと主張します。ここではユニヴァーサル・ヒストリーとビッグ・ヒストリーではユニヴァーサル・ヒストリーのほうが古く、ユニヴァーサル・ヒストリーの現代的形態がビッグ・ヒストリーであるという言い方をしています。

収録語句一覧
執筆者別の担当項目は以下の通りです。人名の後のカッコの中にはおおまかな専門と現在の所属機関が記してあります。

     デイヴィッド・クリスチャン David Christian (ビッグ・ヒストリー、豪 マッコーリー大学)
        「序論:ビッグ・ヒストリー」 Introduction: Big History
        「アニミズム」 Animism
        「人新世」 Anthropocene
        「創世神話」 Creation Myths
        「人口成長」 Population Growth
        「宇宙の起源」 Universe, Origins of

     マーク・ネイサン・コーヘン Mark Nathan Cohen (人類学、米 ニューヨーク州立ニューヨーク大学)
        「扶養限度」 Carrying Capacity

     ヴィルフリート・ヴァン・ダメ Wilfried van Damme (アート史、独 ライデン大学 、ベルギー ヘント大学)
        「旧石器時代のアート」 Art, Paleolithic

     D・ブルース・ディクソン D. Bruce Dickson (人類学・考古学、米 テキサスA&M大学)
        「飼育栽培、植物と動物」 Domestication, Plant and Animal
        「絶滅」 Extinction

     ドナルド・R・フランスシェティ Donald R. Franceschetti (物理学、米 メンフィス大学)
        「宇宙論」 Cosmology

     ヨハン・ハウツブロム Johan Goudsblom (社会学、蘭 アムステルダム大学名誉教授)
        「人類圏」 Anthroposphere

     ポール・ホーム Poul Holm (環境史、アイルランド ダブリン大学トリニティ・カレッジ)
        「大洋と海」 Oceans and Seas

     ジャック・D・アイヴス Jack D. Ives (地理学、カナダ カールトン大学)
        「山脈」 Mountains

     クリストファー・C・ジョイナー Christopher C. Joyner (国際法学・南極、米 ジョージタウン大学)
        「氷河期」 Ice Ages

     ミュレイ・J・リーフ Murray J. Leaf (社会人類学、米 テキサス大学)
        「農耕社会」 Agricultural Societies

     ジェイムズ・ライド James Lide (ヨーロッパ史、米 ヒストリー・アソシエーツ有限会社)
        「古代のオセアニア」 Oceania, Ancient

     ジェイムズ・ラヴロック James Lovelock (地球科学、英 独立した研究者)
        「ガイア理論」 Gaia Theory

     アダム・M・マッキーオン Adam M. McKeown (グローバル・ヒストリー、米 コロンビア大学)
        「移民」 Migration

     J・R・マクニール J. R. McNiell (環境史、米 ジョージタウン大学)
        「生物の行き交い」 Biological Exchanges
        「人口と環境」 Population and the Environment

     ウィリアム・H・マクニール Willam H. McNeill (世界史、米 シカゴ大学名誉教授)
        「疫病」 Diseases
        「熱帯園芸」 Tropical Gardening

     ジョン・ミアーズ John Mears (世界史、米 サザン・メソディスト大学)
        「人類の進化」 Human Evolution

     アンソニー・N・ペナ Anthony N. Penna (環境史、米 ノース・イースターン大学名誉教授)
        「気候変動」 Climate Change

     オリヴァー・ラカム Oliver Rackham (植物学、英 ケンブリッジ大学コーパス・クリスティ・カレッジ)
        「樹木」 Trees

これらは元来世界史の事典項目として書かれたため、これらを通読すればビッグ・ヒストリー研究の概要がわかるというものではありませんが、一瞥して、ビッグ・ヒストリー、すなわち人間の歴史を宇宙の歴史からとらえ返すにはエコロジーの視座が必要だと感じさせる布置です。ecologyはふつう「生態」と訳されます。平たく言えば生物と環境の相互関係のことです。だから、必ずしも生態と訳さなくてはいけないということはなく、たとえば「生環相関」と訳してみたり、ecological なんたらと続くときは「生環」なんたらと訳すのもありかなあとここ何年か思っているところです。

さてこの本、全編英語なのにもかかわらず、表紙と裏表紙と扉に『宝庫山精選:大歴史』と中国語(簡体字)で書名が記されています。こんなところから市場の開拓先として中国を意識しているのが感じられます。

「人口と環境」の項目をのぞいてみると、1900年時点の地球の人口は16億2500万人ほどという推計値がのっています。今の中国と日本の人口を足すと、大ざっぱには同じくらい。つまり人口規模で言えば、21世紀初頭の日中平和は20世紀初頭の世界平和に匹敵します。今は16億余の民が戦争なしでやっていけているのです。その意味でも、過日の設立10周年記念総会で真に友好的な日中関係を約し合ったことは地球の平和に大きな意味を持っています。

ビッグ・ヒストリーも本年大きな節目を刻み、質量ともに新たな段階に入りました。国際ビッグ・ヒストリー学会(IBHA)の会員数は11月時点で141名に達し、日本からはわたしと中西治さんが創設会員として参加しました。ビッグ・ヒストリーのネットワークに日本が加わったことを、同学の人びとはたいへん喜んでくださっています。

明年1月16日にはビッグ・ヒストリーで博士論文を執筆予定の大学院生がマッコーリー大学に会し、初の院生カンファレンスを開きます。テーマは「大学院でビッグ・ヒストリーの何を、なぜ、どのように研究するか」です。コメンテーターはクリスチャンさんとサリヴァンさんで、カンファレンスの様子は後日IBHAに報告されます。新年にはこのコラムもパワーアップさせていきます。


(*17) David Christian et al. eds., Berkshire Essentials: Big History (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2011) distilled from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 6vols, 2nd edition (Great Barrington, Mass.: Berkshire, 2010).

(*18) Christian, This Fleeting World (2007) (See note 8) from William H. McNeill, senior editor, Jerry Bentley et al. eds., Berkshire Encyclopedia of World History, 5vols, 1st edition (2005).

(*19) David Christian, “Introduction: Big History,” in Christian et al. eds., Berkshire Essentials; Christian, Maps of Time, 2nd edition [1st edition] (2011 [2004]) (See note 5).