2. バリー・ロドリーグ : 人と業績 : ユニバーサル・ヒストリー(宇宙地球史)入門(3)

中西 治

10代前の先祖はポルトガル・リスボンの人

ロドリーク家の系図によると、バリー・ロドリーグの10代前の先祖ジーン・ロドリーク(Jean Rodrique)はポルトガル・リスボンの人であった。

9代前のジーン・ロドリーク2世から6代前のジョセフ・ロドリーグ(Joseph Rodrigue)までの4人はいずれもカナダのケベックで結婚している。それぞれの結婚年は9代前のジーン・ロドリーク2世が1671年、8代前のレネ・ロデリーグ(Rene Roderige)が1703年、7代前のジーン・ロドリーグ3世が1759年、6代前のジョセフ・ロドリーグ(Joseph Rodrigue)が1779年である。

5代前のフランソア・ロドリーグ(Francois Rodrigue dit Roderick)はカナダのケベックで1791年に生まれ、1827年に結婚し、1878年に米国メイン州ベントンで亡くなっている。

4代前のオリヴィエ・ロドリーグ(Olivier (Meseve) Rodrigue dit Roderick)はカナダのケベックで1831年に生まれ、米国メイン州で1855年に結婚し、1914年に亡くなっている。

3代前のローレンス・ロデリーク(Lawrence Roderick)は米国メイン州で1858年に生まれ、1884年に結婚し、1948年に亡くなっている。

2代前のヘンリー・ロデリーク(Henry Roderick,Sr)は米国メイン州で1884年に生まれ、1916年に結婚し、1937年に亡くなっている。

1代前のヘンリー・ロデリーク2世(Henry Roderick,Jr)は米国メイン州オーガスタで1916年に生まれ、英国イングランドのセント・アルバンスで1943年に結婚し、米国メイン州マンチェスターで1976年に亡くなっている。

当代のバリー・ロドリーグ(Barry Rodrigue、生まれたときはバリー・ロデリーク/ロドリークBarry Roderick/Rodrique)は米国メイン州で生まれ、米国マサチュセッツ州プリマウス・ハーバーで1976年にスーザン・ブレーワ(Suzanne Brewer)と結婚し、子息ケナイ・ロドリーク(Kenai Rodrique)がいる。

記録に残っているロドリーク家はヨーロッパのポルトガルで始まり、17世紀にカナダに移住し、19世紀にさらに米国のメイン州に転居し、今日に至っている。

多才な行動する研究者・教育者

バリー・ロドリーグの経歴によると、彼は1999年にカナダ・ケベック市のラバル大学から一つ目の地理学の博士号を取得し、2000年に米国メイン州オロノにあるメイン大学から二つ目の考古学と歴史の博士号を得ている。

彼は南メイン大学ルイストン=アーバン・カレッジ芸術&人文学部で文化実地調査、人種・種族研究、労働と産業史、民族学、国際研究、歴史考古学、北アメリカ史、人文地理学およびその他の関連問題のコースを教えている。

彼は1859年から1941年までのフランス系アメリカ人企業家の活動を紹介した「トム・プラント(Tom Plant)」を1994年に出版している。2002年には彼がアラスカから入手したフォーク音楽やオーラル・ヒストリーの資料がスミソニアン研究所からリリースされている。

彼はまたメインとケベックの国境地帯を調査し、1790年から1860年までの「カナダ・ロード・フロンティア」についての本を近く出版する予定である。

カナダ、フランス、ロシアなどの国際会議にも積極的に参加し、ロシアのチェチェン問題をはじめとする人権問題についても発言し、行動している。

バリー・ロドリーグはきわめて多才な行動する研究者であり、教育者である。

「文明、ビッグ・ヒストリー、人間の生き残り」

バリー・ロドリーグの最近の主要論文は「文明、ビッグ・ヒストリー、人間の生き残り」『Thought & Action』Fall 2010、である。彼はこの書の冒頭で次のように述べている。

「米国の歴史の教員たちが直面している問題は、今日の多くの地球的な諸結果に対応する適当な基準点が欠けていることである。この問題の根源には時代遅れの骨董品化した社会のモデルがある。私たちの大学では、100年前に存在していた社会を大きく反映していることを、今もなお、教えている。

私は南メイン大学(USM)で教授として働いている地理学者であり、考古学者である。大学で北アメリカと世界研究を教えている。最近10年間、私はこの問題に対応するために格闘している。私がいくらかの成功を収めたのはごく最近のことである。主として、それはビッグ・ヒストリーと呼ばれる新しい研究コースの導入を通じてである。」

ロドリーグは2000年から南メイン大学で教えはじめ、最初、西洋文明を担当した。2年経ったとき彼は西洋文明講義を世界歴史と地理学の連続2コース講義に変えるよう大学当局に提案した。これがいまでは南メイン大学ルイストン=アーバン・カレッジ芸術&人文学部主専攻の必須科目になっている。しかし、これも人間中心と国家を基盤としたアプローチの故に時代の変化に対応できなくなっている。

このようなときにロドリーグは米国でよりいっそう人間的な生態学的なグローバリズムの運動を発見した。それはフランスの活動家がグローバリゼーションとは対照的な「全世界・宇宙化(mondialisation)」と特徴づけたものに似たものであった。教授たちは全地球を根本的基準点とする新しいコースを提起していた。加えて、新しいグローバル・ネットワークが作られ始めていた。

ロドリーグはこのようなときにスピール教授の論文に接した。ロドリーグがスピール教授と初めて会ったのは2004年6月にメイン州ブースベイ・ハーバーで開かれた第4回会議「歴史的社会:ヒエラルキー研究の現段階についての意見」であった。

ロドリーグによると、ビッグ・ヒストリーの基本的考えはソクラテス以前のギリシャから中国の周王朝に至る古代に遡るが、その現代版は学際的研究の勃興、宇宙競争、冷戦の終焉、グローバリゼーション、および、20世紀末のその他の収斂的出来事の結果である。

「コスミック・エヴォリューション」とか、「ユニバーサル・ヒストリー」とか、世界にはさまざまな用語で知られているが、「ビッグ・ヒストリー」という用語はデイヴィッド・クリスチャン教授が1991年に気まぐれに造りだし、それが固定化したものである。

ロドリーグはビッグ・ヒストリーを簡潔に定義すると次のようになるという。

「宇宙、地球、生命、人間の歴史を、一つの統一された、学際的な方法で、理解しようとする試みである。」

さらに、ロドリーグは、ビッグ・ヒストリーと他のマクロ研究との違いは次の点にあるという。

第一は、地球と全ユニバースを基準点として用いていること。

第二は、科学的過程を用いていること。

ロドリーグは最後に「このアプローチは国境、政治的・宗教的紛争、経済システムを超越していると信じている。」と述べている。