金正日総書記の死去発表に寄せて

中西 治

朝鮮中央テレビは2011年12月19日正午、金正日朝鮮労働党総書記が17日午前8時30分に移動中の列車内で心筋梗塞により死去したと発表した。享年69である。70という説もある。遺体は平壌市内の錦繍山記念宮殿に安置され、告別式は28日、中央追悼大会は29日におこなわれる。葬儀委員会名簿の筆頭は三男の金正恩さんである。

社会主義国の最高指導者である党書記長や第一書記が亡くなった場合、党内第二位の人が葬儀委員会委員長となり、この葬儀委員長が次の最高指導者になる。軍を優先する先軍政治の朝鮮では、金正恩さんが2010年9月28日に党中央軍事委員会副委員長に選出されているので、筆頭となったのであろう。

金正恩さんは1983年1月8日生まれ(1982年または1984年生まれとの説もある)といわれ、現在、27~29歳である。それが急に2010年9月27日に大将に任命され、翌28日に党中央委員に選出され、中央軍事委員会副委員長になり、さらに、今回、国の最高指導者になると予想されるのは、金正恩さんが金正日さんの息子というだけの理由である。

現代国家で3代も続いて父・息子・孫が国家の最高指導者の地位を血縁で継承するのはおかしい。とくに、社会主義国家では異常である。社会主義というのは生まれ落ちた星の下で人生を決めるのに反対する思想である。私は、朝鮮は社会主義国と称しているが、社会主義国ではない、と考えている。

私は2005年8月に朝鮮民主主義人民共和国を訪問し、帰国後に次のように書いた。

「朝鮮人民は生活水準のいっそうの向上と対外交流の拡大、物質的にも精神的にもより豊かな社会をつくることを望んでいる。朝鮮には多彩な人材が多数育っている。朝鮮をめぐる国際情勢はこのところ急速に改善されている。朝鮮と韓国との関係は友好的になり、2005年9月の朝鮮の非核武装化についての6者協議の共同声明はこの地域の緊張を著しく緩和した。朝鮮はいまこそ新たな政策を展開する時期にきている。」

現実にはこの過程はその後、停滞した。ジグザグの道を歩むのが歴史である。

いまこそ、再び、新たな政策を展開するチャンスである。朝鮮人民がすでに基礎の築かれている理性の道に戻ることを希望する。

2011年12月19日午後5時