6.これまでの大統領選挙・国家会議(下院)選挙結果と次期選挙の見通し : 「双頭」のロシア -2008年〜2011年- : 現代ロシア社会論 (2)

中西 治

5回の大統領選挙と5回の下院選挙の結果

ソヴェト同盟がなくなり、ロシア連邦になってから、下院選挙は5回おこなわれてきた。大統領選挙は4回であるが、ここでは比較のために、ソヴェト時代におこなわれたロシア・ソヴェト連邦社会主義共和国大統領選挙も含めて5回とする。

大統領選挙の第1回はソヴェト時代の1991年6月(エリツィン当選)、第2回はロシア連邦になってから最初の1996年6−7月(エリツィン再選)、第3回はエリツィン大統領の辞任にともなう臨時の2000年3月(プーチン当選)、第4回は2004年3月(プーチン再選)、第5回は2008年3月(メドヴェージェフ当選)である。

下院選挙の第1回は1993年12月(第一党は自由民主党、以下同様)、第2回は1995年12月(共産党)、第3回は1999年12月(共産党)、第4回は2003年12月(統一ロシア)、第5回は2007年12月(統一ロシア)である。

各大統領選挙の当選者と次点者の得票数と得票率は次の通りである。

候補者    得票数      得票率
第1回当選 エリツィン   45,552,041  57.30%
次点 ルイシコフ   13,395,335  16,85%
第2回当選 エリツィン   26,665,495  35,28% 決選投票 40,208,384  53.82%
次点 ジュガーノフ  24,211,686  32.04%        30,113,306  40.31%
第3回当選 プーチン    39,740,434  52.94%
次点 ジュガーノフ  21,928,471  29.21%
第4回当選 プーチン    49,565,238  71.31%
次点 ハリトーノフ    9,513,313 13,69%(農業党員、共産党支持)
第5回当選メドヴェージェフ 52,530,712 70.28%
次点 ジュガーノフ   13,243,550 17.72% 42

第1・2回のエリツィンと第3回のプーチンの得票率は50%強、第4回のプーチンと第5回のメドヴェージェフの得票率は70%強である。主要な相手は共産党である。

下院選挙結果については最新の2007年12月の選挙結果だけを紹介する。(完全比例代表制で、得票率7%以上の政党のみに議席を配分)

政党     得票数     得票率 獲得議席
統一ロシア 44,714,241  64.30%   315
共産党    8,046,886  11.57%    57
自由民主党 5,660.823   8.14%    40
公正ロシア  5,383,639   7.74%    38

共産党の得票率は第1回12.35%、第2回22.30%、第3回24.29%、第4回12.61%、第5回11.57%である。第一党となった第2・3回は20%台であったが、それ以外は11−12%である。43

このところの大統領選挙ではプーチンとメドヴェージェフはともに70%強を獲得し、対する共産党系候補者および共産党候補者は10%台である。下院選挙も与党「統一ロシア」は60%台、野党第一党の「共産党」は10%台である。この状況は次の大統領選挙でも、下院選挙でも大きく変わらないであろう。それはプーチンとメドヴェージェフは現状に的確に対応し、将来を切りひらこうとしているが、共産党の批判は後ろ向きで保守的であり、明るい将来への展望を示すものではないからである。

2012年大統領選挙のシナリオ

2012年の大統領選挙について考えられるシナリオは次の五つである。

第一はメドヴェージェフが大統領選挙に出る。

第二はプーチンが出る。

第三は二人が組んで出る。

第四は二人とも選挙に出るが、一緒にはしない。つまり、投票用紙ではメドヴェージェフとプーチンの間で競争がおこなわれる。

第五は二人が選挙に出るが、勝者は誰か、第三者となる。

現在のロシアの選挙制度によると、大統領候補者になれるのは、一党または複数の党が推薦する候補者だけである。党員であることは義務づけられていないが、候補者は選挙において政党によって支持されなければならない。

プーチンは事実上も、法律上も、「統一ロシア」のリーダーであるから、メドヴェージェフが選挙にでるというシナリオが可能になるためには、プーチンが言っているように、プーチンとメドヴェージェフの両者がとにかく「合意する」ことが必要である。これに先行して、何らかの党内予備選挙 (primaries)が必要である。しかし、きっと、そこまで行かないであろう。プーチンとメドヴェージェフの競争問題を選挙過程に持ち込み、何らかの形で決めるという試みは、どちらの側にも利益をもたらさないからである。44

その上で、この一連のシナリオには幾つかの補足説明が必要である。

第一の場合はプーチンが自発的に辞退し、メドヴェージェフに立候補を譲る場合、または、プーチンが何らかの理由で立候補できない場合である。

第二の場合はメドヴェージェフが譲り、プーチンが立つという場合、または、メドヴェージェフが立候補できない場合である。

五つのシナリオのうち実現する確率が高いのは、第一の場合と第二の場合であろう。常識的に言えば、また、現在の両者の人気度から言えば、第二のメドヴェージェフが譲り、プーチンが立つというシナリオが実現する可能性がもっとも高いであろう。

プーチンが大統領となったのは47歳、メドヴェージェフが大統領になったのは42歳であった。現在、ロシア大統領の任期は4年であるが、次期からは任期が6年になる。2012年の大統領選挙のとき、プーチンはそろそろ還暦、60歳である。メドヴェージェフは40歳台半ば過ぎである。2018年の選挙のときにはプーチンは60歳台半ばを過ぎ、メドヴェージェフはまだ50歳過ぎである。

大統領選挙に立候補する年齢として、プーチンには後が少なく、メドヴェージェフには後が十分にある。

メドヴェージェフとしては、これまでの二人の付き合いから見て、人情論的には年長のプーチンに譲りたいであろう。しかし、最近の予算教書などを読むと、メドヴェージェフはやっと大統領として油が乗ってきたところであり、やる気十分である。プーチンもこれを見て、悩んでいるであろう。「立つべきか、立たざるべきか、それが問題である。」ハムレットの心境であろう。

プーチンが最近のメドヴェージェフを見て、本当に彼が後継者にふさわしいと確信したならば、メドヴェージェフに譲るであろう。メドヴェージェフとしてはプーチンが譲ってくれれば、喜んで立つであろう。最近の動きを見ると、この可能性が高まっていると思う。

第三の場合は両者が協力しながら、友好的な別々の政党の支持をうけて立候補する場合である。これは両者の票を割るだけの話しである。

第四の場合は両者が競争し、対抗的な別々の政党の支持をうけて立候補する場合である。一人が「統一ロシア」の支持をうけ、他は反「統一ロシア」派の支持をうけるというのである。プーチンの統一戦線に対して共産党を含む反プーチン統一戦線ができれば面白い。そのためには「反プーチン統一戦線」を作り上げることのできる大物政治家が必要である。しかし、この話にはプーチンも、メドヴェージェフも、乗らないであろう。

第五の場合は第三または第四の場合の変形であり、プーチンとメドヴェージェフが共倒れする場合である。

さて、実際にはどのようなシナリオにお目にかかることになるのであろうか。

――――
42 http://ja.wikipedia.org/wiki/2004「2004年ロシア大統領選挙」2011/07/13;http://ja.wikipedia.org/wiki/2008「2008年ロシア大統領選挙」2011/07/13。
43 http://ja.wikipedia.org/wiki/「ドゥーマ(ロシア連邦議会下院)」2011/07/14。下院選挙全般については、前掲、中西治『現代人間国際関係史』417−428ページ;上野俊彦『ポスト共産主義ロシアの政治――エリツィンからプーチンへ――』日本国際問題研究所、2001年、150−169ページ;永綱憲悟「ロシア国政選挙2007−2008年――選挙民主主義か選挙権威主義か――」『国際関係紀要』第19巻第1・2合併号、17−63ページ参照。
44 前掲、ソロヴィヨーフ/ズロービン共著『プーチン − メドヴェージェフ 次は何か』284−285ページ。