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本研究所の所報第二号が発刊されました。

所報創刊号

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2008年11月15日

合同研究会のお知らせ

事務局 (15時05分)

下記の通り、合同研究会と理事会を開催いたしますので、ふるってご参加ください。

日時: 2008年12月7日(日)15時15分から17時頃まで
場所: 青葉区区民活動支援センター会議室3(18名対応)
(東急田園都市線 田奈駅下車 駅を出てすぐ左側 電話: 45-989-5265)
報告者: 中西治「20世紀の再検討 −戦争と革命」

2008年11月13日

田母神前航空幕僚長の発言について

中西 治 (23時05分)

防衛省の田母神 (たもがみ) 俊雄前航空幕僚長が 2008 年 11 月 11 日の参議院外交防衛委員会で参考人として発言しました。この委員会の模様はテレビで中継されませんでしたが、その前後のマスコミの報道を通じて、日本は大変な人を空幕長にしていたことを知りました。背筋に寒さを感じます。

この人が、イラクで米軍と協力していた航空自衛隊の最高責任者だった、のです。この人が、名古屋高等裁判所が航空自衛隊のイラクにおける活動の一部を憲法違反と断じたときに、「そんなの関係ねぇ」といった人なのです。

この人が「日本が侵略国家というのは濡れ衣だ」と主張する一文を発表しました。このような考えは別に新しいものではありません。このような考えをもち、その意見を表明することは個人の自由です。しかし、日本国の防衛、とくに、現在の自衛隊のなかで最大の攻撃力をもつ航空自衛隊の最高責任者がこのような意見をもち、表明したとなると話しは別です。彼は批判をうけると、思想・信条の自由と言論の自由を持ち出して反論しています。屁理屈です。

この人はこれまで自衛隊のなかで同じようなことを言い、言論の自由を謳歌してきました。誰からも批判されず、むしろ、空幕長まで出世しました。彼が空幕長に任命された 2007 年 3 月の首相は安倍晋三さん、彼が「関係ねぇ」と言った 2008 年 4 月の首相は福田康夫さんです。安倍さんは戦後レジームからの脱却を唱え、福田さんは違憲の判決を「傍論だろう」と言った人です。彼と安倍さんと福田さんの三人は同じ考えです。

彼は自衛隊の外で同じことを言っても許されるだろうと考えていました。自衛隊の中と外は違うのです。外の風は冷たく、厳しいのです。インド洋での自衛隊による給油活動の継続が参議院で審議されており、総選挙を前にして、麻生さんはそのようなことを率直にいわれては困るのです。麻生内閣は彼を更迭し、定年退職として自衛隊の外に放り出し、責任逃れを図っています。

彼は裏切られたと思い、理非を明らかにせよと言っています。仲間割れです。それはできないのです。それをすると、彼を空幕長に任命した安倍さんと空幕長を続けさせた福田さん、麻生さんも責任を問われることになるのです。

田母神さんは過去の歴史を正しく認識し、現在の情勢を的確にとらえ、対処できない人です。

第二次大戦前から戦中の大日本帝国軍人を思い出します。自分だけが正しいと信じていた独りよがりな人々です。彼らはアジア・太平洋地域で多くの人を殺し、多くの日本人を死に至らしめ、国を滅ぼしました。これらの軍人と田母神さんが二重写しになります。

2008年11月7日

米国大統領選挙結果について

中西 治 (23時39分)

2008 年 11 月 4 日におこなわれた米国大統領選挙結果がほぼ明らかになりました。

大統領選挙では民主党のオバマさんが大統領選挙人 538 人のうち 364 人を獲得、共和党のマケインさんの 163 人を大きく引き離して、第 44 代大統領に当選しました。オバマさんは 28 州と首都ワシントン、マケインさんは 21 州を制しました。まだ決まっていないのはミズーリ州の 11 人だけです。2008 年 11 月 7 日午後 5 時 (日本時間) 現在、得票数はオバマさんが 6468 万 8689 票、得票率は 52.5%、マケインさんが 5695 万 451 票、46.2%です。

日本ではこの二人しか紹介されていませんが、この他にも、もと緑の党、今回は無所属のラルフ・ネーダーさんが 66 万 8473 票、0.5%、リバタリアン (自由主義者) のボブ・バーさんが 49 万 4551 票、0.4%、憲政党・アラスカ独立党のチャック・ボールドウィンさんが 17 万 8406 票、0.1%、緑の党のシンシア・マッキンニーさんが 14 万 4543 票、0.1%を獲得しています。いずれも大統領選挙人の獲得にはいたっていません。

上院議員選挙では定員 100 人のうち 35 人が改選、当選は民主党 18 人、共和党 14 人。非改選を合わせると、民主党は改選前の 49 人から 6 人増えて 55 人、共和党は改選前の 49 人から 9 人減って 40 人です。改選前の民主党は同党系無所属 2 人を含んでやっと 51 人の過半数を確保していましたが、今後は単独で過半数を維持します。3 人はまだ未定です。

下院議員選挙は定員 435 人全員が改選で、当選は民主党 254 人、21 人増、共和党 181 人、21 人減です。

州知事選挙は改選 11 人で、当選は民主党 7 人、共和党 4 人です。民主党がミズーリ州で共和党に勝ち、1 人増やし、29 人、共和党は 21 人となりました。

大統領・上院・下院・州知事のいずれの選挙でも民主党が圧勝しました。

米国の選挙は州が単位です。もともとグレートブリテンから独立した 13 のステート (STATE=国=州) がユニオン (UNION=同盟=連合) を結んでできたのが、ユナイテド・ステーツ・オブ・アメリカ (UNITED STATES OF AMERICA=アメリカ合衆国) です。

各州は大きくても小さくても同等な独立国。それぞれの州から 2 人ずつの代表者を出して作る会議がセナート (SENATE=上院) 、議員はセナター (SENATOR=上院議員) 。現在は 50 州あるので、定員は 100 人、任期は 6 年。2 年ごとにおこなわれる下院選挙に合わせて定員の三分の一、33 人か 34 人が改選されます。今回は任期が 2009 年 1 月 3 日から 2015 年 1 月 3 日までの 6 年間の 33 人と任期が当選後すぐに始まり 2013 年 1 月 3 日まで続く 2 人の計 35 人の選挙がおこなわれました。

各州から人口数に応じて代表者を出して構成されるのがハウス (HOUSE OF  REPRESENTATIVES=下院) です。現在の定数は 435 人、任期は 2 年です。各州に割り当てられた定数の数だけ各州に選挙区が設けられます。すべて定数 1 の選挙区です。

首都ワシントンは連邦政府の直轄地で特別区です。上院議員も下院議員も選出できません。ただし、大統領選挙では 1961 年以来、3 人の選挙人を選出することが認められています。この 3 人と上院議員 100 人、下院議員 435 人、合わせて 538 人が米国全体の大統領選挙人の数です。それぞれの州の大統領選挙人は上院議員の定数 2 と下院議員の定数を合わせた数です。

今回の大統領選挙ではオバマさんとマケインさんの選挙人の獲得数の差は 200 人ほどと大きく開きましたが、得票数の差は 700 万票ほど、得票率の差は 6%ほどです。この程度の得票と得票率の差で獲得選挙人の数に大きな差が出るのは、ほとんどの州で、大統領選挙での得票が 1 票でも多い候補者がその州の選挙人を総取りする、からです。だから時には全米の総得票数で勝ちながら、選挙人数で負けて、大統領になれないことが起こるのです。

たとえば、現在のブッシュ大統領が初当選した 2000 年の選挙では、民主党のゴアさんの総得票数が 5099 万票、ブッシュさんが 5045 万票、他にネーダーさんが 276 万票とっていましたので、ブッシュさんの得票率は 48%でした。このように総得票数が少ないのに当選した例は 1824 年、1876 年、1888 年にも起こっています。2000 年の選挙のときにも一応問題になりましたが、にもかかわらず、この制度を変えないのは、米国は州という独立国家の同盟だという建前からです。同盟の代表者は各州の代表者が集まって決めるというのが原則なのです。

今回の大統領選挙の投票者は 1 億 2309 万 7708 人、投票率は 56.0%でした。前回、2004 年の大統領選挙では投票者は 1 億 2230 万人、投票率 60.7%でした。盛り上がったわりに投票者は 80 万人ほどしか増えておらず、投票率は落ちているのです。米国と日本の一部の報道で、今回の投票者数と投票率は前回に比べて大幅に増えたと伝えられましたが、これは間違いだったようです。

前回、2004 年の選挙で共和党のブッシュさんが 6200 万票ほど、民主党のケリーさんが 5900 万票ほど獲得しました。今回の選挙で共和党は前回より 500 万票ほど票を減らし、民主党は 500 万票ほど票を増やしました。今回は共和党が減らした 500 万ほどがそっくり民主党に移り、それに少し上乗せしたことになります。共和党の支持者の 1 割ほどが民主党に鞍替えしたのです。何故このようなことが起こり、これからどうなるのでしょうか。

第一は、ブッシュさんの人気があまりにも悪かったからです。もともとブッシュさんは大統領の器ではなかったのです。当選もおぼつかなかったのに無理をして大統領になりましたが、人気はいまひとつでした。ブッシュさんを救ったのは 2001 年の 9 ・ 11 でした。米国人の怒りを利用してアルカイダ狩りと称してアフガニスタンに出兵しました。いまだにオサマ・ビンラディンは捕まっていません。タリバンは息を吹き返しています。大量破壊兵器を持っていると称してイラクに出兵しました。大量破壊兵器はありませんでしたが、サダム・フセインは殺されました。米国はアフガニスタンとイラクで戦争の泥沼にはまり込んでいます。多くの人を殺し、殺され、巨額の金をつぎ込んで財政赤字をもたらし、金融恐慌に陥っています。米国民はこれに気づいたのです。

第二は、オバマさんの人柄です。初のアフリカ系大統領と言われていますが、オバマさんはアフリカ系でもあれば、アメリカ系でもあるのです。これまでも黒い人と白い人の混血はありましたが、米国社会はこのような人を大統領として受け入れるところまできました。人種差別の激しかった米国を垣間見、いまもときに触れて感じている私は、この米国人と米国社会の変化を喜んでいます。人間も社会も変わるものです。米国は多文化の共存と共栄を認める社会になりつつあります。これは多年にわたる歴史のなかで培われたものです。オバマさんは米国社会が生み、育てた人材です。

第三は、オバマさんの真価が問われるのはこれからです。米国の人間も社会も多様です。政治的には民主党、共和党のほかに緑の党や自由主義者党、州の独立党、社会主義者・コミュニスト等々がいます。自己主張の強い人がたくさんいます。これをまとめて政治をおこなっていくのは大変です。オバマさんはイラク戦争には反対していますが、アフガニスタン戦争は支持しています。これはおかしいのです。この二つの戦争は一つです。一方に反対し、他方に賛成するのは矛盾しています。しかし、オバマさんがイラク戦争にもアフガニスタン戦争にも反対していれば、おそらく民主党の候補にも、大統領にもなれなかったでしょう。米国民の 9 ・ 11 に対する恨みは深いし、報復心は強いのです。イラク戦争が始まったとき私は米国で研究中でした。ニューヨークでイラク戦争の開始に反対するデモを見ましたが、他方では、テレビや新聞などを通じて開戦に賛成する意見や考えを多く聞かされました。オバマさんは大変難しいところで政治をすることになります。気長にじっくりと政治を進めるしかありません。いずれ、米国民も現実に学び、いまイラク戦争に反対しているように、アフガニスタン戦争に反対することになるでしょう。

第四は、時代の流れです。米国は独立宣言以来、南北戦争、第一次大戦、ロシア革命、大恐慌、第二次大戦、米ソ対立、中国革命、朝鮮・ベトナム戦争、公民権革命、ドルの価値低下、湾岸・アフガン・イラク戦争などに直面してきました。そして、いま新たな金融恐慌の嵐のなかにあります。米国人だけでなく、地球上の多くの人々が転換を求めています。オバマさんは時代の子です。人間は時代の要求を正しく把握し、人々の願望を実現するために努力するときに英雄となります。しかし、この願望から離れ、敵対するようになったとき、かつて天まで持ち上げた同じ人が英雄を地獄に叩き落とすのです。私はそのような光景を何度も見てきました。オバマさんの当選を祝ってシカゴに集った人々、それをテレビを通じて地球上の各地で見た人々をオバマさんは失望させてはなりません。

第五は、日本です。「オバマさんが大統領になっても、日米の同盟関係は変わらない」と気落ちしながら力なく言うのではなく、第二次大戦後の日米関係を見直し、日米安保条約を日米平和友好条約にかえ、21 世紀にふさわしい新たな日米関係を築きたいと元気よく言う人はいないのでしょうか。日本は、このさい、戦後 60 年余にわたって多くの米軍基地をかかえて苦しんでいることを率直にオバマさんに言うべきでしょう。オバマさんはそれを聴く耳をもっていると思います。

2008年11月5日

オバマさんの米国大統領当選を喜ぶ

中西 治 (22時14分)

米国民主党の大統領候補者バラク・オバマさんがアメリカ合衆国大統領に当選しました。正式に大統領に就任するのは 2009 年 1 月 20 日ですが、まずはオバマさんの大統領当選を喜びます。

米国史だけでなく、地球史の転換点です。

1776 年 7 月 4 日の独立宣言以来 232 年にして、やっと、アフリカの黒人を父とし、アメリカの白人を母とする人が米国大統領になりました。米国の民主主義はここまできました。歴史はジグザグの道を歩み、遅々としてではあるが、間違いなく、前進しています。

オバマさんは公約通り、まず、イラクから米軍を撤退させなければなりません。今日の金融危機も元を質せば戦争にあるのです。1973 年のドルの固定相場制から変動相場制への移行は、米国がベトナムで多額の戦費を使い、金の保有高を減らし、ドルと金との交換ができなくなった結果でした。今回の金融危機もアフガニスタンとイラクで戦費を垂れ流している結果です。

オバマさんはアフガニスタンからも軍隊を引き揚なければなりません。古来、アフガニスタンは「エンパイアの墓場」といわれているところです。マケドニアのアレクサンドロス大王しかり、グレートブリテンしかり、ソビエトしかりです。一時はこの地で勝利を収めたかに見えても、結局は敗退し、追い出されるのです。オバマさんもアフガニスタンにこだわると失敗します。心しなければなりません。アフガニスタン問題も戦争ではなく、話し合いでしか解決できません。

いまはもう「戦争は儲かる」という時代ではないのです。ごく一部の軍需産業は戦争で儲けますが、多数の民衆は殺され、貧乏にされ、不幸にされるのです。戦争は国を滅ぼします。人間の命と幸せは平和の上にしか築かれないのです。

オバマさんの勝利により日本でもっとも大きな打撃をうけているのは、アフガニスタンとイラクでの米国の戦争を支持してきた人々です。麻生さんはますます選挙ができなくなりました。

日本にとっては、これらの戦争から手を引く絶好のチャンスです。麻生さんもそうすれば選挙をたたかえるでしょう。

近況報告と「20世紀の再検討」

中西 治 (10時16分)

2008 年 9 月 1 日に、福田康夫さんが日本国首相の地位を辞すことを表明してから、まだ 2 か月一寸しか経っていません。でも、もう随分昔のことのように感じられます。私は安倍さんと福田さんについて、「心ならずも」いろいろと書くことになりましたが、麻生さんについては、「軽いし」、選挙管理内閣であり、長くは続かないと思って、語ることを止めていました。

麻生さんも総裁になったときは、衆議院を解散し、総選挙に勝つことが天命であると言っていたのですが、内閣発足後の支持率が低いので怖じ気づき、折角苦労して手に入れた首相の座でもあるので、「金融危機をこれ幸い」として一日でも長く居座ることを考えるようになったようです。麻生さんは解散の時期を失しました。このまま行くと、麻生さんはじり貧となり、安倍さんと福田さんの二の舞、いや、三の舞となる可能性があります。

この間に私は、2 回にわたる研究所のキューバ訪問記「いまのキューバがよく分かる」の編集・執筆をし、『地球宇宙平和研究所所報』第 3 号に「特集」として掲載することにしました。この号には私の武漢大学講義録 (2008 年 6 月) 「歴史・日本・朝鮮・中国」も載せます。『所報』編集は最終段階に入り、今月中に印刷・製本・発刊・配送まで行きます。遅くとも 12 月 7 日 (日) の理事会・合同研究会にはご覧いただけるようにします。

その合同研究会で「20 世紀の再検討 ―戦争と革命」について報告しようと思っています。私は 2008 年度後半−2009 年度前半にかけて、宇宙地球史的観点から 20 世紀を全面的に再検討する研究会を組織し、2009 年の『所報』第 4 号にその研究成果を発表したいと願っています。その手始めの報告です。関心のある方は是非、合同研究会にお出で下さい。研究会に参加し、20 世紀を生きた人間として、この時代をどのように評価していたのかを後世に残しましょう。

これから寒さに向かいます。くれぐれも御身大切に、愉しい良い日々を、ご機嫌よろしゅう!

2008年10月25日

ニューズレター No.16 特集「平和について」

事務局 (23時33分)

ニューズレター No.16 を発行しました。

巻頭言
・戦争に先回して平和を先取りするために/林 亮/2

特集 平和について
・ヨーロッパの「平和」 日本の「平和」/渡辺 宏/4
・テロ支援国家指定解除から米朝・日朝の国交正常化へ/中西 治/5
・グルジア、スターリン雑感/木村 英亮/6
・平和憲法を学ぶ/今井 康英/7
・宗教間対話の可能性と新しい「宗教」の模索/岩木 秀樹/9

・地球宇宙平和研究所の新たな発展をめざして/中西 治/11
・合同研究会報告/12
・理事会報告/13
・事務局からのお知らせ/14

2008年9月28日

8政党党首への公開質問書の案内

中西 治 (15時44分)

私も共同代表の一人を務めています「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」は、自由民主党、民主党、公明党、日本共産党、社会民主党、国民新党、新党日本、新党大地の8政党の党首に、日本国憲法と日米安全保障条約の問題について、2008年9月23日付け公開質問書を送りました。

内容は、以下の「憲法9条をまもる 平和共同かながわ」のホームページに掲載されています。ご一読願えれば幸いです。

研究所の発展計画について

中西 治 (10時39分)

めっきり涼しくなりました。ときには寒いぐらいです。お元気でお過ごしのことと拝察します。

私は今年の4月から週に一回ピアノのレッスンに通っています。「音は楽しい」です。

5月末から6月はじめにかけて1週間、中国武漢大学に講義に行き、帰国後に論文「歴史・日本・朝鮮・中国−武漢大学講義録(2008年6月)」を完成し、武漢大学に送りました。7月に妻が3週間入院しました。退院後は順調です。いつも心配をお掛けしますが、ご放念下さい。

4月から私は私たちの研究所の専任研究所員です。給料・手当はいただいていませんが、設立10周年に向けて研究所の発展に本格的に取り組んでいます。先日の理事会では下記のようなことが論議されました。次回の理事会は12月7日(日)です。

どのようなことでも結構ですから、10月31日(金)までに私あてにご意見・ご要望をお寄せ下さい。皆さんの声に学び、12月の理事会に私の発展計画(試案)を提出します。理事会での何回かの審議を経て、最終的には2009年度総会で決めていただきます。

愉しい良い日々を!

2008年9月23日

油井大三郎著『好戦の共和国アメリカ −戦争の記憶をたどる』上梓に寄せて

中西 治 (14時59分)

私たちの友人、油井大三郎 (ゆい  だいざぶろう) さんが『好戦の共和国アメリカ −戦争の記憶をたどる』岩波新書 (岩波書店、2008 年 9 月 19 日) を上梓しました。油井さんは私たちの研究所の昨年の総会で「日米関係と戦争の記憶」と題する記念講演をしました。

この本は独立前の植民地時代から今日までのアメリカ合衆国の歴史を戦争を中心として描き、アメリカがなぜ好戦的であるのかを明らかにしています。本書はおよそ 400 年間のアメリカの通史であるだけでなく、アメリカをめぐる国際関係の通史でもあります。内外の最新の資料を使った、大変読みやすい、この分野の優れた研究入門書です。私は二日間でこの本を読み上げました。

油井さんはアメリカの戦争の歴史を五つの時期に分けています。

第一は、17 世紀初めから 18 世紀後半までの植民地時代です。この時期には、ヨーロッパの国々の植民地争奪戦争 (植民地戦争) とアメリカ大陸の先住民と新たな植民者との戦争 (対先住民戦争) 、との二つの種類の戦争がありました。前者は外交と軍事を結合した「限定戦争」でしたが、後者は「無限定戦争」でした。戦争に「二重基準」がありました。

第二は、1776 年の独立宣言から南北戦争を経て 19 世紀末までの新興独立国時代です。独立そのものが戦争によって実現し、領土の拡大が「対先住民戦争」の継続やメキシコとの戦争によって実現したこと、さらに、南北の統一が戦争によって維持されたことなどから、戦争を肯定的にとらえるのが主流でした。他方では、「啓蒙思想の子」といわれた独立革命の初期には「文民統制」のほか、戦争を「最後の手段」とみなす「戦争自制」論も形成され、「非戦論」の潮流が誕生していました。

第三は、19 世紀末のアメリカとスペインとの戦争から 20 世紀なかばの第二次大戦終結までの時代です。アメリカは「大国」化し、新しい世界秩序の構築をめざしました。アメリカはスペインとの戦争で海外領土を保有し、「帝国主義国」化しました。これに対して反植民地主義の伝統と市民平等の共和主義に反するとの批判が起こり、その結果、「門戸開放」という形で、主として海外市場への経済進出をめざす「非公式帝国」路線が主流となりました。

第四は、第二次大戦後の「パクス・アメリカーナ (アメリカの平和) 」の時代です。アメリカが経済や軍事面で圧倒的な優位に立ち、アメリカ中心の秩序を維持するために、ソ連を「封じ込め」、局地戦争に介入しました。そのさい、自由主義を絶対化し、朝鮮やベトナムの民族独立や統一問題の切実さを軽視することになりました。アメリカは史上初めてベトナムで「敗戦」を体験しました。

第五は、ソ連の崩壊後にアメリカが唯一の超大国となっている現在の時代です。ここでも、「ネオコン」グループのように、グローバルな単独介入を強行しようという潮流と冷戦終結による「平和の配当」を活かし、軍縮を進めるとともに、国際協調の下で紛争の平和解決を図ろうとする潮流があります。

油井さんは、アメリカにはそれぞれの時代に「好戦論」と「非戦論」が存在し、「非戦論」の批判を受けて「好戦論」の内容が変化していることを指摘しています。アメリカにはクエーカー (友の会) のように戦争を原理的に否定し、徴兵を拒否する「原理的反戦派」もいます。戦争の性格によって、「反戦派」になったり、「好戦派」になったりする「状況的非戦派」もいます。

油井さんは、最後に、「本年の大統領選挙でイラク戦争を批判し、「ハト派」として期待されているオバマ候補が、一方でアフガン戦争の完遂を主張しているのをみると、改めてアメリカにおける「好戦性」の根深さを感じさせられた。」と結んでいます。

私は油井さんの論に基本的に賛成です。

私の考えは次のようなものです。

第一は、アメリカは英国、メキシコ、スペイン、ドイツ、日本とのいずれの戦争においても、勝利して、領土や市場や影響圏を拡大してきたのであるから、いずれの戦争も良いではないか、先住民との戦争にしても結果的には先住民にとっても良かったのであるから良いではないかとの考えがあります。これがアメリカの主流の考えです。この考えは、朝鮮とベトナムでの失敗にもかかわらず、いまもなお変わらず、アフガニスタンとイラクで戦争を続けています。

第二は、アメリカは一度手に入れた領土や土地は簡単には手放しません。南北戦争では南の分離を認めませんでしたし、スペインとの戦争で獲得したキューバの軍事基地は 100 年以上経つのにいまも維持しています。日本の米軍基地も然りです。すでに 63 年経っています。例外は 1946 年に独立したフィリピンです。1992 年にフィリピンは米軍基地を完全に撤廃させました。それでもなおアメリカは基地を維持しようと折りに触れて努力しています。アメリカの支配から脱するためには長期にわたる不屈の努力が必要です。

第三は、アメリカ的生活様式が最良であり、アメリカ的民主主義が最善であり、アメリカが世界の中心であり、世界はアメリカを中心として動くべきであるとの考えがアメリカにあります。しかも、その考えを他国に押しつけようとします。アメリカは自己中心的です。

すべてのアメリカ人がこのように考えているわけではありません。アメリカ社会は多様です。私はアメリカが経済的にも、政治的にも、軍事的にも大きくなりすぎ、大きな失敗をし、挫折することによって、深く反省し、考え方、生き方を大きく変えるときがくると思っています。

マケインさんは典型的なこれまでのアメリカ人、オバマさんは「状況的非戦派」、転換期の政治家。アメリカ人は 2008 年 11 月にどちらを選ぶでしょうか。

理事会報告

事務局 (14時45分)

2008年9月21日(日)午後3時半から5時半まで、横浜市青葉区区民活動支援センター会議室1で、第4期理事会第8回会議が開催されました。出席理事は書面評決者も含めて11名で、オブザーバーは1名でした。

まず10月発行予定のニューズレター第16号の内容について審議をし、巻頭言の担当理事を決定し、特集テーマは「平和について(仮)」とした上で、研究会報告、会員紹介、その他の論考等を幅広く募集することになりました。

所報第3号は予定通り、10月末原稿締切、12月発行を目指して進行中であり、編集委員会からの執筆要請や役員の買い取り等についても今後議論していくことになりました。

学術交流について、朝鮮訪問はしばらく延期することになり、今後は訪問形態を変え、費用の低減化も目指すことになりました。またそれぞれの地域の二回目の学術交流は参加希望者を中心にして計画を進めていくことになりました。

来年度は役員改選の年であり、まず立候補者を募り、その立候補者を中心として役員選考委員会を組織し、残りの役員を選考するなど、今後も詳しい選考方法を議論していくことになりました。

来年度の事業計画について、2011年の設立10周年を見据えて、様々な事業をすることになり、さらに詳細は今後話し合うことになりました。

最後に、キューバ関連書籍発刊について、進捗状況の報告があり、近く何らかの形で発行を目指すことが確認されました。

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